洗足院最終講座【瞑想法伝授会成る!】

  • 2019.02.16 Saturday
  • 09:00

洗足院最終講座【瞑想法伝授会成る!】

◎洗足院での最終講習【瞑想法伝授会 無事に畢わる】

 


 

さる2月10日(日)目黒区洗足の洗足院にて最終講習会を行いました。
厳密には17日(日)に行われる「ふつそくまの御霊法 奥伝」の伝授会が最終講習なのですが、瞑想法伝授会と「ふつそくまの御霊法 奥伝」は関連があるのです。

 



教えの深いところは実地に錬磨し密用を繰り返してのみ得られるものです。
17日(日)の講習には10名のご参加があり、非常に静謐で素直な雰囲気のもと伝授会が行われました。

瞑想法であるとか、これこれの密教の法だとか、いろいろ御託をこねるのですが、人間で釈迦牟尼仏の境地にまで到達した人はおりません。仏教の智慧の中には三宝ということで全て仏陀の遺法としての伝承されています。帰依と涅槃、これは表裏の関係であり、これだけがブッディにつながっています。

 



涅槃ニルヴァーナに直結した真の帰依を本物の師僧から得なければなりません。
私にはそう言える師僧がおりました。その師僧から得た真の帰依を根分けする。瞑想法の教えと共にお授けする。今回の伝授会でそれが実現した。このように感じております。

 

◎ふつそくまの御霊法奥傳の伝授へ
洗足院での最終講習で本当の成果が実現できたのです。
明日17日が本当に最後の洗足院講習会です。魂を込めて私は法を説こうと決意しています。

そして法友である弟子生徒の皆さんとの道はまだまだ続きます。

ふつそくまの御霊法は密教・霊術を通じての最高秘法です。この応用範囲は極めて広いものなのです。

 

川島徳慈しるす

 

〔改訂版〕最終講習会【ふつそくま奥伝と瞑想法伝授会】

  • 2019.02.01 Friday
  • 12:00


改訂版

最終講習会【ふつそくま奥伝と瞑想法伝授会】

 

 

『瞑想法伝授会』は、2月7日申し込み締め切り、

『ふつそくまの御霊法(奥伝)』は、2月12日申込締め切りです。

 

 

◎ふつそくまの御霊法(奥伝)の伝授

 

この2月17日(日)に「ふつそくまの御霊法」の奥伝を伝授します。

資格は、ふつそくまの御霊法受法者。

ふつそくまの御霊法を受けていない方は、同日に復習会をしますので、その際に伝授します。

 

この秘法は霊術・密教の最高秘法であり、あらゆる霊的な障害や邪気を除けることができます。

 

整体やエネルギーを使った治療、気功法、霊的な治療法などを行使する治療家は必修の秘伝です。完全なる護身ができない場合、どのような術を行使しても100パーセントの効果を出すことが出来ません。「ふつそくまの御霊法」は、唯一無二の完全な護身秘法なのです。

 

日時:平成31年2月17日(日)

午前10時〜午後5時

伝授料: 屬佞弔修まの御霊法」12万円也

◆屬佞弔修ま奥伝」3万円也

 

(※以前に「ふつそくまの御霊法」を受法された方は△里)

詳細は受講申込者にメールします。

 

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◎瞑想法秘伝の伝授会

 

来る2月10日(日)瞑想法の伝授会を行います。

密教(仏教)の瞑想法を伝授します。

観音・ターラの法、念誦の仕方から詳しく教授します。

瞑想の真髄を伝授。参加すれば価値が分かります。

 

この2月の講習が洗足の地での、最後の伝授会となります。

今回の伝授を基に今後別の場で教授して行きます。

 

必ず仏教の悟りの境地までお連れします。神道でいう随神、整体でいう天心、仏教でいう解脱、この境地に導きます。こぞって参加されることを願っております。

 

日時:平成31年2月10日(日)

午前10時〜午後5時

伝授料(受講費):2万円也

 

※詳細は受講申込者に直接メールにてご連絡します。

 

申し込みは川島整体まで

kawashima.seitai@gmail.com

 

※この2月の伝授講習会が洗足での講習会の最終となります。

今後は移転の為、洗足での講習はございません。

私自身 相応の境地に進んでおり、「ふつそくまの御霊法」を受法した方を優先して、今後の伝授を行います。真のダルマをお伝えすることができると存じます。

(すなわち佛陀の説かれた成仏の段階に入るということです。)

 

花角有遷・川島徳慈しるす

 

【冬至年筮・易の神は応答したか?】付録:霊的供養の話し

  • 2018.12.22 Saturday
  • 22:47

【冬至年筮・易の神は応答したか?】付録:霊的供養の話し

◎冬至の『儒家年筮』
今日でも明日でも、年筮は吉。
銭を投げる(擲銭法)でも、骰子(サイコロ)の易でも、本格的に筮竹を用いても何でも良い。

無心になって一占、神に通じる。

易聖の高島嘉右衛門翁は「一度も易の神は裏切らなかった」と述べています。その占断的中のすさまじきことから、後世、高島の名をかりた高島易流派が続々と出てきました。暦に高島易の名があるのを見たことがあると思います。

易の神は、無欲になって訊ねれば必ず応答してくれます。
ここで貴方に易の神に通じる秘言(祝詞)をお伝えする。しかしこれは一般的なものです。が、効果は間違いなくあるものです。

 

【易占の祝詞】〔伏羲、神農、文王、周公、孔子聖人および鬼谷先生、翻卦童子、翻卦童朗および空中通過の一切の神祇、今私〇〇〇〇は、〇〇番地、姓名(某名〇〇)、某年月日生まれしは、今〇〇のことで憂疑未決なれば、慎んで誠心誠意三十二課内において一課を占い吉凶禍福、成敗興亡、報応分明急々如律令〕

【読み方】〔ふっき、しんのう、ぶんおう、しゅうこう、こうしせいじんおよびきこくせんせい、ほんかどうじ、ほんかどうろうおよびくうちゅうつうかのいっさいのじんぎ、いまわたくし〇〇は、〇〇番地、姓名某名〇〇(名前を入れる)、某年月日生まれしは、いま〇〇(占う内容)のことでゆうぎみけつ、つつしんでせいしんせいいさんじゅうにかのうちにおいていっかをうらないきっきょうかふく、せいはいこうぼう、ほうおうぶんめいきゅうきゅうにょりつれい〕
ーーーーー
【付録】
◎霊的供養の話し
死者の霊供養はできるのか?
霊的供養の話し,任蓮祈願はできるが、供養はできるのか?という話になりました。
要するに、死者の成仏を祈願することはできるが、追善の供養で死者の成仏に効果があるのか?ということだ。例えば親戚が亡くなったとする。その人に徳を廻向するので、少しでも良いところに逝ってほしい。成仏の道を歩んでもらいたい。それが本人以外の他人がやって効果があるのかという問題だ。

この問題は、死者の成仏・成仙を願う祭主や僧侶の問題と、そんなことが可能かという問題になろうかと思う。誰にもできないことならばやっても意味がない。あるいは徳や能があればできるのに、実際のところ何の果報もないというのなら、それは祭主・僧侶の問題ということになる。

 

たとえば死後に非常に困難な状況にあるとする。その場合、子孫の誰かが追善供養の廻向を行なったとする。実際、困難にあったのはその死者の行為や業によってなったのであるから、その者以外にはどうすることもできない。これだけが唯一の答えだとしたら、先祖の供養を行ない廻向する意味もない。また廻向の法を修するといってもそれを見極める能が無ければ、盲滅法ということになり、これは先祖供養の名を冠したダルマビジネスに他ならない。

 

答えをいうと「七分獲一」と言って、死者は七分の一の功徳しか得られないという。だがまるっきりゼロではなく、三宝(佛法僧)への供養の功徳は無尽であるから、やがて仏因を得る功徳は獲得できるということである。この場合、追善廻向を執行する祭主・僧侶が、正神界もしくは涅槃界(ニルヴァーナ)に繋がっているのかということが一番の問題になる。

 

仏教者の場合、涅槃に通じている佛縁を持っていることこれが最重要のことで、この佛縁を持つ者は死者から見たら光って見えると思われる。そのことを彷彿とさせる事実譚があるので、次回それを述べよう。

 

川島徳慈しるす



 

平成最後の年筮(12月22日(土)冬至)です!

  • 2018.12.21 Friday
  • 22:42

【平成最後の年筮(12月22日(土)冬至)です!】

 

◎【冬至 儒家年筮】平成30年12月22日(土)午前7時23分

冬至には、柚子湯に入り、かぼちゃを食す、そして年筮を行なう。

年筮は、本来「儒家年筮」といって儒家が行なった。儒教の開祖・孔子は易経をよくし、荀子の学派によって儒家の経典として「易経」は取り入れられた。

玄学では「老子道徳経」「荘子」「易経」を『三玄の書』といい、『上古三大奇書』の一つということもある。

また、西洋の密教カバラの『生命の木』に付嘱した「知識の木」が易経であると謳う秘教家もいる。わたしは実際にその人の教えを受けたことがある。

 

冬至を境に日照時間が長くなる。太陽の光りと水がなければ作物は育たない。日照時間が長くなっていく御祭りの起源は相当古い。これを「一陽来復」という。さらに「一陽来福」と洒落る。陰極まって、陽が訪れるのである。これはモノが成長してゆく起点であるという事だ。

 

ゆえに「冬至」に年筮を行ない、一年の指針とするのである。

であるから、別に易を立てる必要もない。各々が「何かを決意したり」すればよい。

もちろん年筮をやるに過ぎるものはない。

 

◎来年の指針

来年の春、すなわち平成の終焉と共に、洗足の治療院を終了します。長い間、皆様にご愛顧いただき感謝します。

1月2月に、講習会を行ないます。近日中に発表しますので、しばらくおまちください。

 

齢50歳の坂を越し、斯道を志して以来40年。ようやく解脱成仏の段階が見えてきました。

今生でどれほどの境地に立てれるのか、それは分かりませんが、佛陀釈尊のお姿、ダルマ(佛法)が明確に見えていることは確かな事です。

 

「ふつそくまの御霊法(後伝)」「瞑想法の伝授」「密教の霊法の伝授」などあますところなくお教えします。

これは私が「二世の大願」をもって行なうもので、生まれ変わりしながら縁を持って涅槃に至るまで祈願し助法しつづけるという誓願の一端であります。洗足の講習会は1月2月で終えますが、この最後の講座では「成仏の徳」が与えられます。

 

川島徳慈(ギュルミ・ティンレー・ドルジェ)しるす

 

霊的供養の話し 變遒瞭きは間違いなくある】

  • 2018.11.12 Monday
  • 12:00

霊的供養の話し 變遒瞭きは間違いなくある】

 

仝徳の廻向

平成最後の大司命節も無事に終結しました。

新たな時代のはじまりです。

 

さて早速わたしの身辺で霊的な現象が出ています。

私は今生の誓願として、ご縁の有ったお霊を生涯にわたり廻向してゆくことをきめました。

そのことは以前に述べました。

 

今回その誓願を受けて幾人もの方から、御香供養や灯明など奉献供物の御寄進をいただきました。功徳は撒くことで生えてくるのです。その幣帛御供養のお志で何百と言う柱のお霊が、毎日わたしの御真言読誦、看経読経、廻向によって御供養されています。その功徳は施主とその方の御先祖に必ず行きます。

 

祈願はできるが霊供養はできるのか?

何をお霊に廻向するのでしょうか?

それは功徳なのですが、亡者に対してそんなことができるのでしょうか?

みなさんはどう思われますか?

 

大司命節の半ば、わたしは功徳廻向ということ、祖霊の供養の実際、霊供養の功能ということについて考えました。

先ず、わたしができるのは、真の佛縁をつけることである。このなかには神様のほうのことも入ります。どうすればご縁をつけれるのか?

 

すべてはそのご本人次第ですが、それは生きていればこそできることなのです。

死んだら手も足も出ないのです。死んでも自由にできるのは、ある段階に行った霊的に優れた者のみなのです。

 

死んだ人には、佛縁をつけてあげること。来世に真の佛縁が生じるようにお手伝いすることです。その方法はさまざまありますが、一番の秘訣は、功徳廻向する祭主僧侶が、確実に涅槃と結びついていることです。つまり釈迦如来と結縁できていること。そして完全な「帰依」が出来ていることです。真の帰依だけが真如のニルヴァーナ(涅槃)に結びついています。来世に於いて、この帰依が出来るように縁をつける。これが仏因をあたえることです。

 

神の世界も佛の世界も究極は涅槃界をめざしますが、どちらかというと神の方が難しい。あまり便法がないのです。祓い清めるという道を実現できる人は、謫仙の方か、人間でも相当清らかに生きれる方だけです。

 

大抵は佛縁による霊的進化ということになる。

ですからこの「帰依」を付与するという祈願はできるのです。

ようするに「願い」ですから。それに対して「霊的供養」とは霊の供養であり、慰め布施し事物をも届けるものです。そのようなことが可能なのか?

 

今まで私はそれは有りとして行ってきましたが、本当に靈の働きで示してもらいたい。そう願っておりました。物理現象を伴う形で、霊供養の機序というものを示してほしい!そう願っていたのです。

その願いが、11月9日大司命節明けすぐに現象化しました。

 

さあ、霊的供養の話しの始まりです!

 

 

花角有遷 龍徳慈

 

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