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    聖エメラルドグリーン・ターラの祈り

    • 2015.04.30 Thursday
    • 00:00

    聖エメラルドグリーン・ターラの祈り



    聖なるターラ菩薩の図像(川島所蔵)


    ◎4月29日の早朝に霊夢を見る

    わたしは4月29日(祝・水)の早朝に霊夢を見た。

    それは少ない人数で見たことのない秘境にゆくという夢だ。

    その場所はかなりの高地の山間部で草原が広がっている。湿地帯も共存している。まったく不思議な場所だった。




    霊夢で行った場所はこういう感じの所だった

    そこに連れてゆかれた目的は明らかで、深い冥想をするため、霊的な修行をするためだった。


    ◎沈黙の六芒星

    移動途中の車中から旗が立っているのが見えた。

    その旗は揺らめいており、明らかに青い六芒星のデザインであった。

    そのデザインがアナハタ・チャクラを意味していることは明白だった。
    (※そういえばアナハタチャクラのヤントラには旗のような文字が中央にありました!)


     
    六芒星の旗が揺らめいていた!

    だが、その旗の見える付近では、話をしてはいけないのだ。

    そこではそのようなルールらしいのだ。

    一人の指導者が沈黙を守るようにわたしに手振りで伝えた。

    沈黙と胸のチャクラは関係があるらしい。



    身体教育研究所総帥・野口裕之氏
    (ダン先生の愛称で知られている)



    ◎その指導者とは?

    その一人の指導者は、野口整体の祖師・野口晴哉先聖のご次男・野口裕之氏だった。
    (※あくまでも夢でのお話なので誤解なきように・・)

    彼のような感じの方がその一団(15人ほど?)の指導者だった。

    しかし、目を閉じると本体が違う方であることがわかった。
    (※野口裕之氏の形をとっているが“超人”ともいうべき方なのだった!!)

    下の絵図に示した方が引率し、指導していたのだ。



    超人マスターの御尊影(図絵)

    わたしは水っぽい感じのする草原・湿地帯で、見た事もない植物を踏みしめ、そこに敷物を敷いて冥想した。

    そこにいたのは日本人だけではなく、外国人が大半だった。


    ※ここまでの記述は“霊夢”の内容を描いたものなので、現実とごっちゃにしないでご理解ください。


    ◎ソータパッティ(ソハン)の流れに入る

    胸のチャクラ(アナハタ)を開いて、第一段階の秘儀を受ける。その準備の為なのだ。

    ソータパッティの段階に入る。これを得度といい。すなわち預流(流れに預かる)という果報を得ることなのだ。修道上、これが最も重要なのである。

    わたし以前から提唱していた、佛僊真道(佛僊神道)とは“預流果”を得るこの道のことなのである。

    人間の発達段階には3つの大きな節目がある。

    1番目が個人化。2番目が第1段階の秘儀を得て
    ソータパッティになること。3番目は相当に遠い未来におとずれる超人化だ。

    だが、人間で第2番目を越える者はほとんどいない。

    今生で第1段階の秘儀を受け、
    ソータパッティの段階の準備まで来れたことは幸運だった。

    聖エメラルドグリーン・ターラ菩薩の祈りは、その秘儀・段階へ誘う、加行・課行とも言うべきものだと感じている。すなわち“愛の祈り”愛の冥想ヨーガ”の実践である。

    ーーーーーーーーー

    日本赤十字

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    ーーーーーーーーー

    赤ターラ、黄ターラ、白ターラ、緑ターラと効能(働き)の違うターラ菩薩がいるわけですが、青ターラというのは一般的にはございません。青ターラは、憤怒の女神でありゾクチェンの護法尊なのです。ですから青のターラは、緑に摂っして行なうわけです。わたしはそれを聖エメラルドグリーン・ターラ菩薩としてアヌヨーガの本尊としているわけです。

    (ご注意)
    当ブログ記事の無断転載引用(著者撮影の写真も含む)を禁じます。
    同著者の過去のブログ記事一切(当ブログ以外の同著者のブログ記事も同様)に適用す。

     

    東京大地震の霊夢【洗足池を巡って逆夢と為す!】

    • 2015.02.21 Saturday
    • 00:00

    東京大地震の霊夢【洗足池を巡って逆夢と為す!】


    昨日(2月20日)の早朝に『東京大地震の霊夢』を見た。

    あまりに鮮明な夢だったので驚いた。夢の中で橋のシーンがあり、その部分について特に感じるところがあり、洗足池にゆくことにした。その橋と洗足池が心の中で妙に重なったからだ。
    実際にはその理由で洗足池に趣いたのではなく、その前から予定に入っていた。それは或る“術”を為すために行ったのである。)


     
    宮崎駿監督のアニメ映画『風立ちぬ』の関東大震災のシーン

    『東京大地震』というような霊夢を見たので、この縁起を『逆夢の法』でもって夢を転じなければいけない。午前中の仕事が終わってから自分の身体にこの件について訊いてみた。すると「ゆけ」という答えがすぐに返ってきた。まよわず支度をしてすぐに洗足池に向かった。

     


    春の到来を思わせる美しい洗足池と名馬池月の銅像

    洗足池の弁天様、太鼓橋、公園内の歩道、旗揚げ八幡、名馬池月の銅像、日蓮聖人の袈裟掛け松etc、非常に爽快な気分になり百会(サハスララ)にアイディアが降りてきた。このアイディアは実現すると直感した。

       
    稲荷社の隠れ大黒天像(北千束八幡境内)

    夜(昨晩)TVをつけると宮崎駿監督のアニメ映画『風立ちぬ』が放送されていた。今回はTV初放映だそうだ。何気なく見ていると冒頭に関東大震災のシーンがあった。早朝の夢といっていい、夜のアニメといっていい、安倍政権の国会運営といい、妙なものを感じるのはわたしだけだろうか?

    それにNHKの会長。あんな感情的な変な人物が天下のNHKの会長だとは情けない。





    かつて日本は大正12年に『関東大震災』の大災害の被害を被り、そのあと暗い軍部台頭・戦争時代へと突入した。こういうことが二度とあってはならない。人間の基本的な自由が損なわれるようなことがあってはならない。

    今回、記事を書く予定はなかったのですが、霊夢を見、宮崎アニメを見たので急遽載せることにしました。


    東京大地震って!? おまえ縁起でもないなー それより「或る“術”」とはなんだぁ〜? 名馬の池月って源頼朝公が軍勢率いて洗足池に居た時に現れた野生の駿馬のことだろうー 毛は青く白の斑点があったという 頼朝公が佐々木高綱氏に池月(いけづき)を与え、宇治川の合戦の時に高綱が池月で一番乗りした 有名な伝説だよなー あそこのお稲荷さんの横にある大黒さんの石像も奇妙でおもろいじゃろー

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    大日如来顕現【太陽の輝く霊夢のこと】

    • 2013.01.08 Tuesday
    • 00:00
    【(1)太陽の輝く霊夢のこと】 



    昨日の早朝に、太陽の輝く霊夢を見たとわたしは述べた。

    それは以下のような情景であった。

    『・・・或る高僧ラマの講義に出る予定であったが、わたしは予定を変更した。夢について語り合うという集会に出ることにした。そういう話の流れであった。そしてわたしは、五階立てくらいのビルの屋上にゆき、夕焼けを見ようとした。西のほうの空を見ると、雲が立ち上がり、真っ赤な夕焼けが見えて、それはこの世のものとは思えないほど美しいものだった。思わずわたしは携帯電話で撮影しようとしたが、操作している間に夕焼けは色が薄くなってしまった。とても残念に思い、目を眼下の町のほうにむけると、そこには神々しい太陽の輝きがあって、周囲には地平線から地平線に大きな虹のような光の半円があった。光が針の如く放射されていて、こんな光は見たことがなかった・・・』

    【(2)大日如来顕現】

    『・・・わたしはさらに観察した。光は確かに太陽のようであるが、形が座っている仏像のような形になっている・・・』

    『・・・そう、大日如来の形なのである。そのときにわたしは、これは大日如来であり天照大神なんだと感じ、その場で礼拝した。そのときに大日如来(天照大神)の光は、いや増しに増したのであった・・・』


    以上が、細かいことは省いた、霊夢の大要である。

    【(3)塩川の神様】

    塩川の神は、確かに龍蛇体の尊格であるが、祭神は天照大神。これは事実だと思う。少なくとも、ご眷属が干渉しているのだと考えている。

    天照大神は高いご神格なので、そう簡単に感応などはしないし、現形(げぎょう)顕現もしない。

    尊形としては、大日如来の変化身である『雨宝童子(うほうどうじ)』として奉祀するのが至当と、わたしは考える。



    一昨日(1月6日)の滝行で、わたしはこのお滝の岩場によれる神が今もおわすならば、どうか顕現してください、身命に賭しても、その顕現あらば、命をかけてその道と教えを世の中に伝えます、そう神明に祈ったのであった。

    その後、わたしたち一行は「江ノ島淵」に行った。

    年末年始に特別な祈願をした祈願札の回収するために趣いたのである。

    到着して淵前にて勤行を捧げ、江ノ島近辺で摂れた海塩を聖淵に奉献供養することもできた。もちろん祈願札は回収したのであった。

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