自然智 七夕祭成る!【霊的陶冶!精神霊動の振動が胎動せり!】

  • 2016.08.08 Monday
  • 08:08

 

自然智 七夕祭成る!

 

【霊的陶冶!精神霊動の振動が胎動せり!】

 

 

 

 

今年の七夕祭(旧七夕)の意義

 

今年の七夕祭は旧七夕にむけて行った。実際の七夕は8月9日(火)であるから、まだ幾ばくかの時間がある。

 

前日の今日(8月8日)などは上々だと思う。

 

本年は、心を致して七夕に願い届けるという、いつもの方法、これに“精神霊動”、霊・プネウマ・精神というものを、深く想起して願掛けを行なった。午前中には、この精神靈動の発動の為に、精神感応、霊的な感応法を先ず行い、わずかながらでも『霊線』の伝達を行なった。

 

わずなかな伝達とはいっても、ゼロと1とはまったく意味が違う。種火にはなる筈である。

 

 

◎イエス・キリストと天照大御神の秘話

 

秘話というよりも、謎の御神像をめぐっての日本や東洋における歴史の土台の再確認である。

 

大乗仏典の真実、神道(天皇教)、古代キリスト教、伊勢信仰の実体。奇想天外な、しかし一概に否定できない深層的な部分を披歴した。極めつけが、謎の御神像『雨宝童子(天照大神)』の公開であった!!

 

また講話のところどころに秘教的な話を盛り込んだ。膨大な情報を圧縮してお伝えした。参加者の脳ミソの中は、まさしくサナギ状態になり、ぐちゃぐちゃになっているものと思う。

 

だが、奇想天外なる発想や話のなかに意外な真実が隠されていることも儘あると思う。

 

 

 

 

◎七夕願掛けと二人の宝童(おたから)

 

みなさん、ことしもよく願掛けを為すっておりました。

 

主催の側としてもたいへん嬉しく思っております。回を重ねるごとに、願いの成就の速度が速くなります。このことは毎年やっている方は実感されていると思います。

 

そして七夕祭の終盤にゲストが来ました。ふたりの赤ちゃんと童の兄妹。宝童(おたから)です!!

 

わたしは今回の七夕で為した、“霊を満たす”ということの深い教え、これを未来の子供たちに、今を生きる方々と共有したいと思う。七夕祭を終えて、心からわたしはそのように思っております。

 

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(=>・<=)/
旧七夕祭りニャー!!

猫も猫型短冊で存分に願掛けたニャリ!?

ああ、これで来年の今頃は億万長者ニャ〜!!
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特別講話『七夕と天照大神様の秘話』と願掛け会

  • 2016.07.13 Wednesday
  • 00:00

 

特別講話『七夕と天照大神様の秘話』と願掛け会

 

 

◎7月7日の七夕は無事に終わる!

 

7月7日の七夕祭は無事に終わりました。皆さんもそれぞれ願い事を天に掛けて短冊を書かれたことでしょう!

 

しかし、まだまだ願いが明確に書き切れない、そういう方も多々おられることと思う。

 

何を願えばいいのか分からない?

 

自分が何を願ってよいのか分からない、そういう方も案外おられるのだ。

 

その為に8月7日(日曜)に旧七夕への「願掛け会」を行なう。

 

 

◎8月7日には旧七夕の願掛け集会を行なう

 

旧暦の七夕は8月9日(火曜)です。ですから正確には8月8日(月曜)の夕刻から夜に「七夕願掛け」を行なうのです。

 

まあ一日早いのですが、8月7日(日曜)に「七夕祈願の集会」を行なうわけです。

 

シビアな上にもさらに過酷な現代ということを観じるにつけ、黙祷の力・潜在能力を発揮する方法を皆さんで共有したいと思い、本集会を行なうことにしたのです。

 

 

◎特別講話『七夕と天照大神の秘話』と『七夕願掛け会』

 

今回は特別講話『七夕と天照大神の秘話』を行ないます。

 

『旧暦 七夕の願掛け会』を行ない。実利的なことから理念的な存念の確立まで様々な事、人事百般をご祈念ください。

 

多人数が集っての願掛けは、念の力の密度がより亢まる。したがって願いはよく届く!

 

霊線(霊的な光線状、光網状)の祈念を行ないます。

 

※平成28年8月7日(日曜)午後1時より3時30分

(午前10時〜正午は整体講座・稽古会『霊光線 輸氣霊動法(みたまふり)』)

場所は、洗足の当院

費用3000円

午前午後出席でも、午後のみでも講座料は同じです。

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(=◎・<=)/
今度は旧暦の七夕祭りニャー!!

おっ!ねこ型短冊持ってる宇宙猫さん!?

ああ、今日からお盆だニャ〜〜!!
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金龍写真館 【浅草観音 四万六千日の功徳】

  • 2016.07.10 Sunday
  • 12:00

 

金龍写真館【浅草観音 四万六千日の功徳

 

 

 

 

 

 

東京・浅草の観音様。四万六千日の功徳日です!

 

今年は金龍写真館ということで統一してみました!!

 

お参りして金運を上げてください! 8月7日の旧暦七夕祭で“金龍権現 拝禮法”を伝授します!

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 旧暦の七夕の集会を行なう!

 

8月7日(日曜)に旧暦の七夕願掛け会を行ないます

 

同時に特別講話を行ないます。

 

参加希望者はご連絡ください!

 

ある程度の参加者の申込みがありましたら〆切りますので、早めにお申し込みを!

 

※『旧暦 七夕願掛け集会』(仮称)

平成28年8月7日(日曜)

洗足の楽豊堂にて

参加資格は特に無し

金龍権現 拝禮法を伝授します!

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(=◎・◎=)/
やっぱね〜〜!!

浅草寺のほおづき市!

夏はこれだにゃ!四万六千日の功徳にゃ〜!

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告知! 旧暦の七夕の集会を行なう!

  • 2016.07.09 Saturday
  • 00:00

 

告知! 旧暦の七夕の集会を行なう!

 

8月7日(日曜)に旧暦の七夕願掛け会を行ないます

 

同時に特別講話を行ないます。

 

参加希望者はご連絡ください!

 

ある程度の参加者の申込みがありましたら〆切りますので、早めにお申し込みを!

 

※『旧暦 七夕願掛け集会』(仮称)

平成28年8月7日(日曜)

洗足の楽豊堂にて

参加資格は特に無し

 

 

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(=◎・◎=)/
おぉ〜!!

待望の旧暦・七夕祭だにゃ!

んっ!特別講話があるんか!?

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提唱 “七夕祭で祈念を凝らせ!(3)”

  • 2016.07.05 Tuesday
  • 00:00

 

提唱 “七夕祭で祈念を凝らせ!(3)”

 

 

 

 

◎七夕の祈りは聖書の教えに通ず!

 

七夕の祈りというものは、聖書(新約)でイエス・キリストが教えられた方法に通じている。

 

その手法は、イエス様が“無花果の樹を呪う”という場面で表現されている。

 

どのような祈りも「すでに成った」と思う、こうイエス様は祈りの秘訣を述べられている。これは伝統的にすでにあった技法を述べられたのだと思う。

 

昨日 一昨日のブログ記事を参考にせよ!

 

http://shizenfukuchi.jugem.jp/?eid=614

提唱 “七夕祭で祈念を凝らせ(1)”

(平成28年7月3日の記事)

 

http://shizenfukuchi.jugem.jp/?eid=615

提唱 “七夕祭で祈念を凝らせ(2)”

(平成28年7月4日の記事)

 

 

◎七夕祈願に最高のマントラを加えよ!

 

あなたは七夕の祈願法に最高のマントラを加えなければならない。

 

その最高のマントラは何であろうか?

 

マントラとは呪文だ!

 

最高のマントラは感謝の言葉! “ありがとう! ありがとう! ありがとう!” である。やはり三回連唱を1セットとする。

 

ありがとうは、天理我体(ありがたい)有り難い通じている。天の理(ことわり)が我が体に収まっている。そのことを端的に表した言葉が「ありがとう(三回)」なのである。

 

この呪文も生涯活用無尽、自由自在である。

 

 

 

 

◎『七夕祈願法 講義』の結語

 

この三日間、わたしはあなたに『七夕祈願法』を講義してきた。すでにあなたは方法を知り、それを実践している。最後に結びとして大切なことを述べよう。

 

七夕でも何でもすべて自由に行なう。リラックスして行なうのだ。

人生はあなたが主人公だ。あなたの思うがままに全てを自発で行え!

 

あなたは生まれた時から既に大宇宙に直結しているという自覚を持て。この自覚があれば、守護神も守護霊もいらない。そういう存在はお仲間というぐらいのものである。自分の霊魂(たましい)精神こそが最も尊いものであると自覚せよ。

 

七夕の祈願法は真剣に行なうべし。

どこかのセコイ都知事ではないが、もっともらしい言訳をしても貴方の潜在意識は全て知っている。本当に望み、本当に祈れ。

 

いい加減にやっても効果はない。本気でやれ、本気の気合でやれ。

さすれば『願ごうて叶わざるはなし』である!

 

さて、最後にお知らせだ!!

来月の8月7日(日)に、暑気払い・如意宝珠『旧七夕大祈願会』を行ないます!

後日告示!

ご参加大歓迎!旧知のみなさんとの再会、そして新しい出会いを心から楽しみにしています!

 

二世大願 如意成瓣 乃至法界 平等利益 敬って曰す。合掌

 

特製 ねこ型七夕短冊!!

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(=◎・<=)/
七夕大祭りを8月に実施ニャ!?

よーしそれににむけてよく寝マルするじょ!!

おっ!ねこ型短冊ニャー!?
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提唱 “七夕祭で祈念を凝らせ!(2)”

  • 2016.07.04 Monday
  • 00:00

 

提唱 “七夕祭で祈念を凝らせ!(2)”

 

 

◎七夕準備整理法を行なうべし!

 

七夕準備整理法(たなばたじゅんびせいりほう)これは経験の中から出てきたものである。

 

この方法を行なうことで、七夕祭の祈願はさらに強力なものになる。

 

わたしは昨日のブログ記事で既に準備法のことについて述べている。

 

http://shizenfukuchi.jugem.jp/?eid=614

提唱 “七夕祭で祈念を凝らせ(1)”

(平成28年7月3日の記事)

 

 

◎七夕祈願の準備整理法を如何に行なうか?

 

何のことはない、先ずノートに項目を記してゆく。

 

例えば〇纏 健康・・というように。

 

自分が何を願っているか明確にしてゆく。この作業は知的作業であり、意志的な部分の確認でもある。

 

項目をある程度 記したら、今度はその項目の細かい願望を書き込んでゆく。

 

その時の書き方は「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇となりますように」とか「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇でありますように」という書き方では不可ず。

 

必ず「こうなった」「こうなる」という言い切りの言葉を使う。

 

七夕の秘訣は、空想する事と、すでに成ったという言い切りの言葉を使う点にある。このことをよく頭に入れておくように。

 

 

◎準備整理ノートを基にして!

 

このようにして一々書き上げてゆく。次にするのは、各項目の詳細な願望について思い巡らすのである。TVや映画のように。いや、それ以上にまるで記憶を甦らせるように。過去の出来事のような臨場感を感情と共に感じるのだ。感情はアストラル体に結びついているから強烈な作用がある。

 

肉体、気、アストラル、メンタルに通じて統合する。

すなわち物質的に書く、気を込めて書く、声に出して言う、思い巡らして感情を込める、智的に準備整理作業をするということである。

 

七夕祭の夕べには、それらすべてを順序正しく統合して行なう。

 

物質、エーテル体、アストラル体、メンタル体とすべての階層で願望の鋳型を作る。これが七夕の祈願が強力に効く秘密である。

 

メンタルの更に上にはコーザル体があり、これは漢字でもって当てれば “虚空蔵”だ。アーカーシャ蔵、虚空蔵菩薩はその象徴といってよい。真言密教では十三佛ということを言うわけで、十三番目の尊格は虚空蔵菩薩だ。最終的に死者の御供養でも、コーザル界に関係があることを示唆しているわけである。

 

世にいう如意宝珠とは宝生如来・虚空蔵菩薩と深い関連があり、お宝はコーザル(虚空蔵)から来ることを意味しているのである。

 

これらは古代から伝わる秘伝であり、イエス・キリストはこの技法に通じていた。古代キリスト教の秘伝は秦氏を通じて京都に伝わっていたと云われている。提唱 “七夕祭で祈念を凝らせ!(3)”では此のことについて少しふれる。

 

読者の観念工夫を祈るばかりです!

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(=◎・<=)/
七夕祭りにむけて続きもんの記事ニャー!!

ねこ型の短冊ってないのかぁ〜〜!?
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提唱 “七夕祭で祈念を凝らせ!(1)”

  • 2016.07.03 Sunday
  • 00:00

 

提唱 “七夕祭で祈念を凝らせ!(1)”

 

 

◎今年も七夕がやってきた!

 

今年も七夕がやってきました!

 

7月3日(日)はお休みですから、しっかり自分の頭の中を整理しましょう。窓辺の部屋で、あるいは緑が窺える喫茶室でお茶など楽しみながら、自分の考えや想念・願い事を整理整頓しましょう!

 

ノートひとつで良いのです。100円ショップでもコンビニでもちょっとしたノートは販売してます。善は急げ、即実行できます。七夕へ向けての下準備なのです。

 

 

◎野口晴哉 “大絃急なれば小弦絶ゆ”

 

ご存知、整体法の創始者・野口晴哉先聖。この先聖の著書に『大絃小弦』がある。中国の故事成語の「大絃急なれば小弦絶ゆ」からきている語を題名に冠した本である。

 

この書において、七夕の祈願法が明確に述べられている。“七夕祈祷法”といってよい程のものだと思う。

 

七夕の祈願は今までさんざんやってきたし、皆さんに述べてきた。だから方法はもう分かっていると思う。この七夕法と“玄米7号食”をやったら、人生が変わる。

 

本人に変えたい、発展したいというヤル気があれば必ず這い上がれる。

 

是非、野口先聖の言葉に直接ふれていただきたいものと思う。実際のお声を録音などで知っている方は、あの独特の声で七夕のお話をされていたのだと観じて読まれると尚よい。

 

 

◎願いは幾つもあるものだ!

 

願いが2つや3つという人があるが、これは本当ではない。小さいものから大きいものまで沢山ある。

 

願いとは、七夕へ届けるものではあるが、自分の魂の底で自認することが究極の祈りだ!

 

自分の靈・魂の奥に感応することは、宇宙に感応することと同じことなのである。この観念的事実、土台がかつて日本に存在した霊術(療術)の技法の根源なのである。

 

“七夕準備整理法”は、深い祈念(自観)するために必要な作業なのである。日常の混乱した状態のままでは、潜在的な意識は動かない。とても大切な技術である。

 

 

◎七夕の原則

 

祈念を声に出して言う。筆で書く。すっかり忘れる。他人に云わない。

 

詳しく説明しよう。

 

大いなる大宇宙の生命を思う。大いなる意志が満ち溢れていると想う。

 

整理した祈願を大きく空想する。成った、成っていると空想する。臨場感があると尚よい。

 

祈願を声にだしてはっきり言う。

 

筆先に念を凝らして短冊に書く。

 

願ったことを忘れてしまう。

 

(このように順序正しく行えばすっかり祈願内容は忘れてしまうものだ。祈願を憶えているのは祈念の仕方があまいのである。)

 

他人に祈願内容は言わない。

 

空想ということが一番大切である。

 

あまりに具体的すぎる祈願内容はおすすめできない。

 

(例えば1000万円手に入るとかいうのはおすすめできない。それならば十分な収入がある、あるいは大きな収入がある等という祈願のほうがよく叶う。具体的にやりたいのならば魔法魔力の実践法のほうがよい。

 

どうすればよいのか分からない、迷っている人は、どうすればよいのか分かった自分、迷いがない自分を空想すればよい。

 

必ずそう成ることができる。

 

わたしなどはこの方法で聖者や死者とすらコンタクトができるようになった。活用無尽、自由自在の便法である。

 

読者の確実な実践をご祈念を申し上げる。すべてはあなた次第である。

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(=◎・<=)/
七夕祭りだニャー!!

ねこぱん特製七夕祭はやらないのかぁ〜〜!!
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旧七夕の祈り“食育への道を提唱する!”

  • 2015.08.20 Thursday
  • 10:00

旧七夕の祈り“食育への道を提唱する!”


◎秘密の森で蝉の声を聴く!




昨日の日中、秘密の森にゆきました!そこでは蝉たちがすごい勢いで鳴いていました。ミンミン蝉、あぶら蝉、ツクツク法師、最後の力をふりしぼるようにして声高々と鳴いている。

わたしは時々そこにゆき自然にふれる。都会の喧騒も忙しい日常も忘れる事ができる。街中でリラックスするときは塚や碑、道祖神、お地蔵さん、神社などを参詣する。わたしの廻るところはたくさんあるのだ。

都内の或る場所、そこには小さな祠があり、江戸時代それはおそらく第五代の徳川将軍綱吉公の御世に建立されたものと思われるのだが、そこにゆくと深い意識下に感じるものがある。繰り返し参詣していると遥か彼方の記憶がよみがえってくるようだ。

そう!行列、線香、民衆と僧侶、大檀家、役人等々。総勢100名以上は居る。その映像が体の感覚と共によみがえる!わたしは前世の一つを自分の中で確信した!



◎旧七夕の祈り(念力・氣を養う!)

今日は旧七夕です。ですから、前日の昨晩に祈念を込めました。8月16日にみなさんが書かれてゆかれた短冊を笹の葉にお付けして!
(※この笹の葉と短冊は責任をもって川に流します!)

物事の上手になるのはみな“氣”の作用による。“氣”とは、わたしに言わせれば、それは“念の力”です!信念の力だ!

では念・氣はどこからくるのだろう?それは氣という漢字に秘められている。氣の中には、“米”がある。これは玄米のこと。玄米には白米にはない、強力な栄養素があり、これが氣を養い、念力を強化するのである。





◎体育よりも“食育の優先”を提唱する!

野口整体と呼ばれる一派では、何でも食べて必要なものは体が吸収する故に体育こそが一番優先される、と説く。これはその昔ならばもっともらしいお話かもしれない、しかし現代ではこういう話しは通用しない。

食べ物が無かった時代や安全なものしかなかった頃は、何でも食べて必要なものは吸収するという教えでよろしいだろう。現代のような食品公害のある時代、まともな素材のない時代にそのような体育万能、整体万能を説いてもまったく説得力がなく、実際に体にすら即応していない。

そういうと今現在、野口整体では昔の教えをそのまま採用してはいないという人もいるのだろう。しかし、整体協会といわれる本隊で、初代野口先生はこう言っていたが、いまの時代とは違うので、きちんと何を食べるのか、食品公害も見極めてくださいと、協会の会員に宣布したという事実をわたしたちは知らない。

実際、野口整体を相当やっている人が、いまだに体育で体が整体しておれば何を食べても少なくても大丈夫、このようにのたまわっているのである。

整体や体育の前に、何を食べるのか、どういただくのか、ということのほうが優先だと思う。なにせ食物は人間の細胞の一つ一つを構成しているものを作るものだから。

食育、正食法の前にあっては、整体法など取るに足らないものです。それを認めたうえで整体なり療術をやるのならば、それはすばらしい効力を発揮することでしょう。

食育について周囲の人と話しているとおもしろいお話が出てくる。これは最近の話で整体を標榜している若い人のことのようだ。どうやら野口整体を整体協会で学んでいた人の話らしい。

その若者の整体師は、スイカに食塩をぶっかけて、それで塩分を摂ったと思っているようだという話しだ。浅はかで、程度が低いので、食塩と塩が同じだと考えている。塩を追求すれば分かるものだが、野口整体系ではそういう智慧がない。

塩こそが人体に不可欠なものなのに、塩と食塩の違いも分からない。塩でない食塩なるものに日本人の食が侵されている。このことが野口整体の教えに洗脳されておって分からないのだ。これが整体法なるものの限界だと断ずる。

人間に必要な栄養素を含んだ塩は世界で三か所しかないと言われている。わたしの元に来る人には、塩の説明と、その塩自体を教えて、購入方法も教える。この貴重な塩の摂取と玄米正食は、これだけで整体法など遥かに越えているのですよ。


なんで本物の塩でないものばかりなのか分かりますか?お話はそこからです。そのようなことすら知らないで、塩分の吸収だとか何とか小生意気なこと言うから、野口整体をやっている若造はヘタレだというのです。大人の世界ではそういう結論を共有したわけです。
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旧の七夕祭【読者のあなたに贈る金言】

  • 2014.08.02 Saturday
  • 11:30

【読者のあなたに贈る金言】


今年も旧七夕を祝う

本日、8月2日(土)は「旧七夕」であります。

恒例にしたがい旧暦の七夕にもお祭りを行なうわけです。

太陽暦の7月7日には「七夕に願いをかけ」、「七夕みそぎ」を行じて、罪・咎と共に願望を清水に流しました。

皆さんは「祈り残し」「願残し」は無かったでしょうか?

願いをかけるには、自分の願いを明確にして、さらにそれを「空想」するのです。心を遊ばせる。
そして思いを込めて言葉に出す。
次に気を込めて筆で紙に記す。
最後にすべて思いを出し切って忘れてしまう。

こうやって願掛けすると不思議に願いが叶うのです。

では、ここで特別に更なる高等テクニックを伝授しましょう。

今から「七夕を行う」とか「短冊を書く」とか所作の進行を声に出したり、願い事を声に出したりする時に、自分の出す音声に対して「耳振り立てて」集中することです。

天津祝詞の一句に「耳振り立てて」とありますが、まさにそれです。

自分が言うのではなく、宇宙の太玄霊たる大神(天御中主太神)より一霊を享けている、小天御中主命である自分を通じて大神が詔(みことのり)を発しておるのだと、吾が心に決定(けつじょう)するのです。

その音声に心を集中するのです。この方法は「自己催眠・自己暗示」の効果を倍するものです。また、この手法は「言霊法」「音霊法」に通ずるものであります。

今日は整体法創始者にして隠れたる霊術の巨匠・野口晴哉氏の金言を読者にプレゼントしようと思う。もっとも整体協会に所属している人は「月刊全生」は毎月送られてくるから必要ないかもしれないが・・・。

さて、昭和25年の野口氏(初代)の金言である。


『ウーム大丈夫』 野口晴哉

『心に拠りどころがないということは人を不安にし、頼るべからざるものにまでしがみつく原因である。殊に最近の金詰まり、徴税恐慌の時代になっては何人も安心して生きている訳にはゆかない。洪水、火事、台風、そういうものも次から次へと来る。
心を余程しっかり保っていないと、心が風に吹かれ、水に浸され、火で燃えてしまう。心の中に「ウーム大丈夫」をおけば、その心は火に焼けず、水に溺れず、風に動じない。不景気も税金も冒すことができない。多くの人の心から「ウーム大丈夫」が去って、ナアニ大丈夫というような根のない空想への逃避や、マア大丈夫だろうという僥倖(ぎょうこう)頼りしかない今日になっては、心の中に「ウーム大丈夫」という中心をおく必要があること明瞭である。
「ウーム大丈夫」とは下腹に息を吸い込んで丹田を満たして大丈夫と念唱することである。これを繰り返していると、何事かに出会うと腹の中から「ウーム大丈夫」と力強い言葉が湧いて来る。こうなれば何でもできる。どんなことが起こっても不安はない。どんなことであっても一番悪いのは絶望と不安と焦燥であって、中でも絶望は死への道である。明るい太陽の光までが灰色になってしまう。貧も病も辛いものには相違ないが、絶望ほどに人を痛めない。失敗も煩悶も、絶望がなければ人を活かす道となる。正坐し、腹へウームと息を吸い込んで、丹田の気力を満たして大丈夫と念唱しよう。
腹の中に大丈夫を容れて、心を静かに乱さず生くることが全生の道である。大丈夫とは正を踏んで懼れず、義を見て退かず、愛に溺れず、欲に迷わず、天下の広居にあって天下大道を行なう。浩然の気もこの裡にあり、綽々(しゃくしゃく)たる余裕もこの裡より生じ、泰山の動かざる信も又この裡にある。大丈夫とは不安なく悔いなく、希望の輝ける、理想の啓(ひら)かるる、伸び進んで止まらざる人の心を言うのである。

それ故迷うことある時、悩むことある時、苦しい時、乏しい時、虚なる時、不運なる時、「ウーム大丈夫」と腹の中で念唱してみよ。忽ち迷い去り、悩み去り、苦去り、貧去り、虚去り、安心と希望と財福と健康が訪れる。大丈夫の腹にある時は心を乱すものは何ものも近づかない。天変地異も、虎狼(ころう)も矢弾(やだん)も、不幸も欠損も心に入らない。
何故かと言うと心は雰囲気を造り、雰囲気は物理的な力となってそれのもつはたらきを発揮する。繁盛の雰囲気は繁盛を造ろうし、愉快な雰囲気は愉快な人を多くする。念ずれば現じ、思えば在る。人間は自分の境涯を支配している。境涯とはその思考の反映に他ならない。その思う如き人生に人は生きている。

「ウーム大丈夫」と唱えよう。念じよう。腹の中から自ずからこの声が湧きおこるまで。病んでいるひとも悩んでいる人も、貧しい人も又富んだ人も、丈夫な人も皆、腹の底まで息を一杯に吸い込んで、「ウーム大丈夫」と唱えよう。
今の日本で必要なものは金でも物でも人でもない。知恵でも、知識でも、欲望でもない。「ウーム大丈夫」これだけだ。この欠乏が今日の如く人を不安にし、世の中を騒がしくしている。
「ウーム大丈夫」この心に生くる者は必ず幸せになる。豊かになる。丈夫になる、元気になる。迷うことはない。たったの一言でもよい。「ウーム大丈夫」と唱えて見よ。忽ち世界は暗より明に転ずるであろう。』
(昭和25年12月)


如何であろうか。この文章は敗戦後5年目に書かれたものである。この時代の不安といま時代の不安は違うかもしれない。しかし、行く先の見えない不安、失った希望、生き難さは、いつの時代も同じだと思う。

先般NHKで「男性が生きてゆくのがつらい」という統計を元にした番組が放送されていた。

周囲が都合よくゆく、ひたすら合わせて生きてゆく、こういうことをやめてみてはどうですか?自らの裡の力に依るのです。

気を充実させる、腹に気を満たして、気合をかけてごらん、野口先生の云う雰囲気というか、おかし難い霊光(オーラ)が出てきます。そして霊衣を纏ったようになります。静かにその霊光・霊衣をまとうて在るのです。

周囲に僥倖を頼んではいけない、都合のよい逃避を空想してはいけない。先ずは腹に息を吸って「ウーム大丈夫」とやるのです。とにかくやる。

病んでいる人、悩んでいる人は、原因は自分の裡にあるんだと悟って、七夕の願掛けをやってごらんなさい。腹に気を満たして「ウーム大丈夫」とおやりなさい。

吾が会の気合法は、野口先聖における「全生思想」ような理解のもとに実践し、自ら立つことを自然に成し遂げる、この点を根本理念として指導している。

マレー猫NO2だにゃ〜 マレーはイスラム教徒が多いんだが預言者ムハンマドは猫好きだったから、猫を可愛がると幸運になるんだじょー お猫さまと云いなさいよ〜 「ウームねこ大丈夫」だじょ

七夕みそぎ【祈 みんな幸せ!】

  • 2014.07.07 Monday
  • 12:00


みんな



上は整体法の創始者・野口晴哉氏の奥様・野口昭子氏(整体協会前会長)の七夕における短冊の書き様。

真ん中が通っていて実に達筆ですね。

日本の教えでは天御中主大神(あめのみなかのぬしのおほかみ)といって、宇宙の根源神を明かしているのです。神(カミ)というのは「カクリミ」の略であって、目には見えずとも大宇宙に遍満せる根源の力を意味しているわけです。

御中(みなか)と言うんですから、真ん中なのです。真ん中を明らかにしてゆく、真ん中にお祀りしてゆく。また「みな」というのは、「御名」に通じ、「皆(みな・すべて)」にも通じています。

わたしなどは「あめ」よりも「あまのみなかのぬしのおほかみ」と奉るほうが、しっくりくるのですが、筆でも真ん中が通っている、これが大切で、上手下手の要諦はここにあると言えるでしょう。
(※「あめ」より「あま」のほうが宇宙的表現なんですね。「円か(まどか)」というでしょう。)

七夕の昭子氏のように、真ん中を貫いて書く。こういうところに秘訣があるのです。

七夕の願い事の詳しい書き方は、いままでさんざん述べてきたので、ここでは言いませんが、今年は一つ秘伝をご紹介しておきましょう。


それは「天地秘印」というものを組んで願い事をかける、祈念するのです。天地すべてを印で表して、天地において「事はすでになった」「事は既に成就した」とはっきり思うのです。

そうやって空想・想像してゆく。大切なことは、意志の力ではなくて、願いを空想に転じてゆき遊ばせる、最後には空っぽにして忘れることです。

例えばタクシーに乗車して運転手に行く先を告げる。一度言ったらいつまでも言っている人はいないでしょう。

そうやって願い事を深い意識に預けて、宇宙に表現する。その形が現実と化す。これが秘訣なのです。このことはキリストも教えられている。

「天地秘印」の結印法は知っている人に聞いてみてください。そんなに難しいものではないので、知っている人は案外おられると思います。

本当は7月6日にお願いは掛けるんですね。気をこめてやる、そうすると七夕に通じます。
7月7日に笹・短冊は川(水)に流すのです。

そうやってすべて忘れてしまう。そうすると願いは叶います。



護摩の法で祈念のエネルギーを高める

しかし、野口昭子氏の「みんな幸せ」、これはピンとキリ、最後はこれに尽きますね。

わたしなんか欲が深いから百以上の願い事がありました!!
欲求を出し切るのですよ。そして大きな心に(大欲)に転じてゆく。

ですから、やっぱり最後は「みんな幸せ!」です。

わたしは個人的にお正月と七夕が大好きです。なぜかと言いますと「みんなが幸せ」だからです。祝うこと、願うことそれ自体が幸せなんです。

みなさん、七夕に大きな願い事を掛けましょう!
(※太真西王母御像をお持ちの方はその御尊前にて祈念すべし)

わたくし昨日(7月6日日曜日)は、早朝から若い者を三名ほど連れて、塩川で徹底的に滝行気合、七夕禊ぎの修行を行いました。
(※長時間徹底的に入滝できるというのが夏季の滝行の醍醐味ですね)

また、彼らには七夕の野口法やら、様々な霊法の伝授を行って、充実した時を過ごしました。

まだ七夕の終了には少しの時間があります。どうぞまだ七夕をやっていない皆さんは自分なりにやってみてください。

まだ間に合いますよ!

あ〜あ〜 やっぱり今年も恒例の「七夕まつり」ね〜 やっぱりおまえ相当な暇人だにゃ〜 でもトンガリも七夕は大好きだじょ〜! 織姫びいきだけどね!!

 

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