月夜見の法【月光を浴びて天津祝詞を奉唱す】

  • 2013.08.18 Sunday
  • 00:00



【月光を浴びて天津祝詞を奉唱す】


江ノ島の月夜

月読命(つくよみのみこと)。

イザナギノ大神が、筑紫の日向の立花の小戸にて、禊ぎされたときにお生まれになった三貴神の一神である。

月の世界を司掌せられている。

月には、引力で潮の満潮・干潮に作用する働きがある。月の運行は、暦の元でもある。また女性の周期にも関連している。

月は運命にも関係し、月の光は人に冷静さと知性を与える。水晶なども時々、月光浴させると良いといわれている。

修道者としてのわたしは、夕方から夜に、江ノ島の海辺にゆき、月光浴をする。同時に、海の潮の音を耳に注ぎ、「裏の禊ぎ(耳注ぎ)」を行なう。

  

8月の夕方から夜、江ノ島では「参道の灯篭祭り」をやっている。奥の院までの参道が灯篭でライトアップされているのである。

裏の洞窟のある側に行くと、丁度良い暗さで、海面には月の光りが映し出されている。海の音を聴きながら、声を高く大きくして、天津祝詞を奉唱する。

天にまで届かんばかりの声で奏上する。

これは「言霊(ことたま)」の気合だ。

天津祝詞を奏上しつつの気合法だ。

すると不思議なことに海の波が、この声に反応するかのように変化するのだ。

波が大きく動いたり、波がおさまったりする。

夜暗いので、波が息をしているかのように見え、まるで生き物のようでもあり、雄大さと恐れを感じる。

「月を夜に見る(月光浴)」から「月夜見の法=月読の法」たる由縁である。

この法は次のような効果がある。

夢見が変化し、さらに知性がアップする。いままで分からなかった事柄が分かるようになる。

心がとても落ち着く、鎮静する。

わたしの体験としては、いままで知らなかった霊的知識が、朝起きたら頭の中に入っていた、ということがあった。これは何か感じたとか、ちょっと思ったというような曖昧なものではなく、小冊子くらいは簡単にできてしまうくらいの内容・文章量だということです。

[付録] 

(祝詞)月豫美国神留坐。国之手底立大神。豊雲野大神。伊邪那美大神。月夜見尊メテ。其国大神等大前。慎美毛)。

(秘呪)天湿 地湿支津津 陰成 月光 皇太神

※この祝詞・秘呪を奉唱せば吉。
※秘印を知る者は結印するがよい。
※漢字で表記した。
 

盂蘭盆【天津祝詞奉唱 運気開成・御幣供養の法】

  • 2013.08.15 Thursday
  • 00:00
終戦記念日・盂蘭盆にあたり公開す

天津祝詞奉唱

【運気開成・御幣供養の法】


設えた祭壇・御幣供養の法の為に


上記の写真のような形で、神霊を招霊しご供養する。

この法は「天津祝詞」を奉唱しておこなう。

「運命開拓」「運気開成」には、この方法が一番効果的である。

即疾に御霊験(みたまのふゆ)がでる人もあれば、数ヶ月かかる人もある。業の深い人は、一年くらいかかる人もいるようだ。

この法は、単なる黙祷や黙想とは違い、明らかに「招霊法」を導入しているところに特徴がある。

詳しくは実地伝授にゆずりたいものだが、伝授するかどうかは、未定である。できれば伝授したいものだが・・・。

どんな形式でも伝授すると、後から被伝法者の未熟なことが分かり、「教えなければよかった」と思うことしばしばなので、その点わたしも極最近、慎重になってきている。

だが、礼法もしっかりでき、まじめに正確に学ぶ、真摯な希望者があれば教授するのは可である。

そういうスジの人が、一定人数が集まり、祭式神具は実費負担、事務的なことや準備をやってくれるというのならば、伝授会を開く可能性はある。

せっかくなので、盂蘭盆(旧盆)にあたり、このような実際的な法式を、諸人に公開しました。

この法式のやり方を掴めば、必ず今後の修道上、非常に役に立ち、霊的な方法を実践の中で、よく学ぶことができると思う。

※日本国民として戦争でお亡くなりになられた御霊(おみたま)を祭祀し、今のありがたさを噛みしめ、戦争の悲惨さを考えることは、これからのわれわれにさらに必要なことだと思います。

※本日は終戦記念日(日本無条件降伏・敗戦の日)です。お国のため、愛する家族の為に散った御霊のことを日本国民として決して忘れてはいけません。

※御自分の家計に戦死者・戦没者のおられる方は、この「招霊法」を伴った祭祀御供養の法式でお祀りしていただければと思います。



※伝授を希望する者はメールにて連絡のこと。要綱は希望者に個別にメールで送ります。申し込みをされても都合によりお断りすることもありますし、質疑の必要のある人には、こちらから質問状をおくりますので、あらかじめご了承ください。
川島金山 書

 

声高らかに奉唱す【天津祝詞の太祝詞秘辞】

  • 2013.08.13 Tuesday
  • 00:00
声高らかに奉唱す

【天津祝詞の太祝詞秘辞】


天津祝詞の太祝詞秘辞奉唱、耳注ぎ「禊ぎ祓え神術」を行う

本日は旧七夕である。

恒例の「禊ぎの神術」。

これは我が国の神道の神髄である。

この神術の復興者としての川面凡児大人、その直弟子・尾形学而大先生。さらに尾形大先生の愛弟子・笠原先生。川面先聖は昭
和4年2月23日、尾形大先生は昭和46年、笠原先生は平成24年に帰山・帰幽せられている。

笠原先生からは、尾形大先生から伝えられた教えを後世に伝えてくれと託された。

笠原翁は95歳で故郷の新潟で帰幽されたと聞いた。いずれかの機会に新潟にご報告方々まいりたいと切願している。

尾形先聖は、元は真言宗の僧侶であり、わたしにとっては馴染みが深い。秘伝の「愛染法」を得意としていたという。その当時の真言密教にあって、碩学といわれた高僧から伝授を受けた方でもある。

そのご守護もあってか、わたしも「愛染明王の法」の秘伝を受けることができた。愛染明王は神と仏に通じている尊格なのである。

川面先聖が復古し開示された「神伝・禊ぎ」の法は、神社神道に伝わっているが、その奥義たるところまで達している行人は、現代ではほとんどいない。

法式通りには、禊ぎはできない世の中になっているのである。

だが、「天津祝詞」「太祝詞秘辞」を奉唱する「禊ぎ」は可能なのである。

わたしは、ひたすらこの神術を究めてゆく。「禊ぎ祓え」の道をきわめてゆく。
 

秘儀伝承【天津祝詞と裏の禊ぎ(完結篇)】

  • 2013.08.12 Monday
  • 00:00
秘儀伝承

【天津祝詞と裏の禊ぎ(完結篇)】

◎「天の岩戸」事件の真相



先の大祓詞のなかでは、神々が「神集い(かむつどい)」し、「神議り(かむはかり)」を行なったことが記されている。

有名な「天の岩戸」の事件。天照皇大神が、天の岩戸にお隠れになった。そのことによって、世を照らす光は失われ暗黒の時代になってしまった。

天津神たちは協議して、諸々の神事を以て、この事件を解決し、天津罪・国津罪を「ハライ」やることを行った。スサノオノミコトの高天原(天上)追放である。

天の岩戸の事件の直接の原因は、神御衣を皇神に奉献する為に天照皇大神が織女(おりめ)に御機織(みはたおり)をさせていた。その御機屋にスサノオノミコトが「天の斑駒(天馬)」を皮剥ぎして逆さまに投げ入れた。驚いた織女が不都合な怪我によって死んでしまう。そのことに嘆いた大神がお隠れになってしまう。

要するに御機織を邪魔されたことが一番の原因なのである。では、機織りとは何なのであろうか?

それは「玉之緒」を整理することの比喩なのであり、玉之緒とは実は「たましひ」のことなので、霊的な秩序を正しく編んでいたということである。この機能をスサノオ尊は乱暴狼藉で破壊したということである。

◎天津祝詞祓清太祝詞秘辞とは?

古来、天津祝詞祓清太祝詞秘辞(あまつのりとのはらいきめのふとのりとごと)は、謎に包まれていた。あまたの神道学者や国学者が真相を解せんと論じてきた。いまだ統一見解はない。ただ、神社神道(神社本庁)は、本居宣長翁の説と同じで、大祓祝詞全体が秘辞だとするのにしたがっている。

この秘伝の祝詞は、天照皇大神が天の岩戸から出られたときに天津罪・国津罪を祓い清めるために寿言(ことほぎ)された御言葉であり、それは皇御親イザナギ大神が筑紫の日向で禊されたときに言われた詞でもある。

かつて大祓の際に、祝詞を司掌していたのは、中臣家であり、遠祖神は、天児屋根命であるから、この神とその子孫の家系が、この秘辞を管理していたのである。

この伝を知り得ている者は、謹んで正確に密用、お唱えしなければならない。

要するに通常の天津祝詞には、真伝を彷彿とさせる部分があり、平田篤胤大人が秘辞を「天津祝詞」だとしたのは、卓越した方だということを証明している。

であるから「天津祝詞」を普段から朗々とやってみなさい。さらにお滝の時、遠慮なしに大きな声で奉唱しなさい。

イザナギ大神・天照皇大神たちが、「たましひ」を整理されたときに(※つまり「禊ぎ祓い」したとき)祝われた御言葉だと、その宣説した際のお言葉に沿った祝詞だと認識してやってごらんなさい。

これ、表も裏も超えたところの「禊ぎ祓い」になります。

◎「禊ぎ祓え」の恩頼功徳を説く

最後に「大祓」の恩頼功徳を説こう。

「拾遺集」にこうある。

「みなづきに なごしのはらへ する人は ちとせの命 のふといふなり」

意味は、「六月晦日に、夏越(なごし)の大祓えをする人(の恩頼功徳)は、千歳にまで(およぶ寿命に)延寿するという」義である。
(※恩頼(みたまのふゆ)と読む)

「成仙する」「仙を得る」というのは、福寿(福徳と寿徳)が満ちているということでもある。
 

秘儀伝承【天津祝詞と裏の禊ぎ(下)】

  • 2013.08.10 Saturday
  • 00:00
秘儀伝承

【天津祝詞と裏の禊ぎ(下)】




◎天津祝詞の秘解

天津祝詞(あまつのりと)の詞中に、
「筑紫(つくしの)日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(をど)の阿波岐原(あはぎはら)に」
とある。


実例として「ツ・ク・シ・ノ・ヒ・ム・カ・ノ・・・」の部分を言霊解釈によって一語一語秘解してみる。

ツ・・実相、真如(さとり)決断力なり。照応力なり。
ク・・暗闇の交代なり。深奥の極。その他。三大暦。
シ・・世の現在。天の橋立。皇国の北の極。
ノ・・天賦のまま。産霊(むすび)の子。障り無きなり。
ヒ・・顕幽貫徹。狂い無きなり。本末一貫。
ム・・押し定む也。国の億兆を成す。真身(みま)の結び。
カ・・晴れ見る。際立ち変わる。光り輝くなり。
ノ・・続くの言なり。

さらに上記を合わせて秘解すると・・。

『実相・真如の顕彰にして、一切の事物を照応し、決断力を具有して、暗黒の界を照変し、神政を樹立し、御倉棚の神なる大宇宙の経倫の三大暦、すなわち恒天の暦、太陽暦、太陰暦の大本元をきわめて、深甚にして玄妙なるの極を闡明し、現在の世を済するために、天の橋立なる皇国(日本)の北の極に、天賦自然の産霊子(むすびのこ)を生成化育して、障りなく狂いなく、顕幽一貫・本末一貫を以て、万象を押し定め、真身(みま)のむすびに依りて、国の億兆を悉皆完成し、光輝をもって神徳を発揚し、晴天白日の瑞祥を照らし・・・』

という意味になるのである。

この祝詞全体をこのようにすべて秘解できるのだが、面倒くさいので、これは、この辺でやめておく。

読者におかれては、絶え間なく修道・修学し、魂を磨いてゆき、自得するよう願います。不断の努力あらば言霊の修得でも何でも必ずできます。

◎大祓祝詞に表現された祓えの威力

以下に「大祓祝詞」の後段の部分を記す

『科戸の風の天(あめ)の八重雲を吹放つ事の如く
朝の御霧夕の御霧を朝風夕風の吹掃事の如く
大津辺に居る大船を舳解放艫解放て大海原に押放事の如く
彼方の繁木が本を焼鎌の敏鎌以て打掃事の如く』


これは祓いの威力を比喩しているものであるが、同時に四つの祓いについて述べている。

科戸の風〜。これは「しなとの風」。「死なずの風」であり、志那津彦(経津彦命)の風のこと。風の神であり不断の風を送る。この風が、八重雲(ヤヘクモ)を吹き放つ如く、ということであり、これは「風の祓い」を意味する。

朝(あした)の御霧 夕(ゆうべ)の御霧(みぎり)〜。
これは「日(火)」の光によって霧が晴れる。つまり、「日(火)の祓い」である。

大津辺(おほつべ)に居る〜。これは大船を舳・艫を解き放つ
如く。海潮すなわち「水の祓い」である。

彼方の繁木(しげき)が〜。茅などを焼鎌の敏鎌(とがま)をもって打掃(うちはらう)。「地の祓い」である。

 

「茅輪神事(茅の輪くぐり)」は、これに倣って行うものであり、「地の祓い」の一つ。

左旋・右旋(左・右・左)して最後に真中をゆくのは、造化三神であり、カムロギ・カムロミであり、茅の輪は、天の岩戸であり、天照皇大神である。

「大祓詞」の後段には、四つの「風・火・水・地」の祓いが記されているのである。この点、よくよく考察されたし。

また「天津祝詞」に記された、「祓戸の大神」がどのような神なのか?どのような御神名なのか?ということが一番大切なことになる。

ご神名を知ることは、その神の本質を知ることに通じているからである。

【天津祝詞と裏の禊ぎ(完結篇)】へとつづく!

天と地上にての大修祓【大祓神事と七夕祓い】

  • 2013.08.06 Tuesday
  • 00:00

天と地上にての大修祓

【本日の大祓神事と七夕祓い】

◎本日は旧歴の六月晦日

本日は、旧暦六月晦日である。本来の「大祓神事」は今日行うのが筋である。

◎「大祓神事」のこと

ご存知の通り、大祓えの神事は、普通太陽暦の六月晦日におこなわれる。これを「名越しの祓い」ともいう。「名越」は「夏越」でもある。

現在はどこの神社でもやっているが、これは明治4年になって復興してきたものであり、それ以前は十二月晦日の大祓行事は、長い間おこなわれることはなくなっていて六月のみ行なった。六月ですら今のような隆盛はなくなっていた。
(※古来の大祓神事は、本来六月と十二月に実施されていた)

すくなくとも明治以前には、現在のように「大祓行事」は全国的にはおこなわれていなかった。

◎「大祓詞」のこと

「大祓神事」は、もちろん「大祓詞」をもとにしておこなわれる。

「大祓詞」には、天津罪・国津罪というもの、神集ひ・神議り(かむつどい・かむはかり)、天の岩戸の段(各種神事)、祓戸大神の「祓いの神術」など、我が国の神の教えはすべて入っている。

「神典・古事記」によれば、スサノオノミコトは、高天原(たかまのはら・天上)で、天照皇大神が「忌服屋(いみはたや)」で、皇神(すめがみ)の「神御衣(かむみそ)」を御機織(みはたおり)をしているとき、その屋に天の斑駒(あめのふちこま・天馬)を逆さまにして投げ入れ、それがもとで御機織している織女(おりめ)が死んでしまう。

◎神道の奥義

それまでもスサノオノミコトの天上での乱暴狼藉は大変なものであったが、この事件がもとで、天照皇大神は岩屋にお隠れになる。
(※このお隠れになった原因にこそ神道の奥義が隠されている)

結果、世の中は、光を失い、霊的な秩序が乱れた。神々は集合し協議して、事態の収束を図った。

これらのことは、すべてが神事であり、正神界に属する神祇には、善神も悪神もない。すべてが必要であるからおこなわれているにすぎない。(※スサノオノミコトの乱暴もである)

◎「月読みの法」

簡潔に云おう、旧暦の六月晦日にも「大祓神事」がなされるべきであり、こちらが本命なのである。これは「月読みの法」に関連することなのである。

「日待ちの法」「月読みの法」「海通じの法」、この三つの法は、イザナギ大神がお生みになった三柱の尊い神々、「三貴(うづのみこ)」すなわち天照皇大神・月読命・スサノオノミコトに関係しているものなのである。
(※この三つの法に関しては、わたしが感得したものである。詳しく解説できる。)

「月読みの法」によって夏越の祓いをおこなう。これが地上における本当の「大祓神事(大修祓)」なのである。

◎世界雛形論を知るべし

ただし日本が世界の雛形になっているという認識のもとに行なうことが肝心であり、本来は天皇陛下(すめらみこと)が行なう御神業なのである。
(※「世界雛形論」を知る必要がある)

◎天の七夕の祓い

そのとき(七夕にいたる期間)天では、或る形象が出現する。すなわち星座相である。

天の川があり、牽牛(彦星)と織姫が川をはさむ。

下には「逆さまの馬」ペガサスがある。



織姫は、先の織女。牽牛=彦星は、日子であり、牛は、スサノオノミコトの別称;牛頭天王(ごずてんのう)を意味している。
(※京都祇園には八坂神社がありスサノオノミコトが祭られている。実は印度の祇園精舎の土地神は牛頭天王であり、この神は日本ではスサノオノミコトと同一視された。ゆえに京都の祇園の八坂神社ではこの神を祭る。疫病を封じる神だとされる。文字通り牛の頭を持った神である。)

高天原において起こった事件(神事)が、天に示されるのである。天の川が出現する。これ「禊ぎ祓い」の形象であり、お祓いがおこなわれ「願い事」が叶うことを表している。

旧暦の六月晦日から旧七夕(※今年は八月六日〜十三日)の期間は、大修祓(だいしゅうばつ)の期間であるから、古代の人々は万葉集やその他で、七夕の歌を詠んだのである。

古来「七夕の祓い」というものがあり、このときに「天の浮橋」を架ける。「大祓神事」から「七夕祓い」へ。これは、年末の大祓え・正月元旦〜松の内にいたるものと双璧をなす行事である。

実にこのように「月読みの法」によって全てが循環する節事を決める、我が国のあり方とは、こういうものなのである。



◎願いが叶う禊ぎ行事・七夕行事

実際、イザナギ大神は、禊ぎ祓いのときに最も貴い神々(三貴)をお生みになっている。神の願いは「禊ぎ」のときに叶っているのだ!

◎天皇陛下 萬歳萬歳!

このような認識を踏まえて、わたしは本日早朝、旧暦の六月晦日に、「大祓神事・禊ぎの神事」を塩川大瀧にて行なうものである。

天津祝詞・清祓秘詞を深く修唱し世人の安穏を、スメラミコトの人柱にならむという覚悟で行なうものである。

「天照皇大神 萬歳萬歳」
「天孫ニニギノミコト 萬歳萬歳」
「カムヤマトイワレヒコノミコト 萬歳萬歳」
「スメラノミコト 萬歳萬歳」 
「今上天皇陛下 萬歳萬歳」


 

秘儀伝承【天津祝詞と裏の禊ぎ(中)】

  • 2013.08.03 Saturday
  • 12:19
秘儀伝承

【天津祝詞と裏の禊ぎ(中)】

◎橘の小戸

天津祝詞のなかの「橘の小戸」とは、「タチハナノ音」であり、要するに「ア・オ・ウ・エ・イ」のことである。

だが言霊(ことたま)を誘発する場合は、「ウ・オ・ア・エ・イ」で行なう。

正確には「うー・おー・あー・えー・いー」と唱えて言霊の誘発をする。(※これは自然発言しない場合の方法)

◎真寿美の鏡



        真寿美鏡の秘図

上記は、真寿美鏡(ますみのかがみ)と云われる言霊の秘図である。

全部で七十五音ある。

この秘図を用いて、言霊法(ことたまのほう)の修道を行なう。

中心は「す」。これは「皇(す)」であり、「すべる=統べる」ということ。

人体では、臍にあたり、体の真ん中。地球にては「オノゴロ島」であり、地球の臍ということになる。

この「す」から中心の力が出てくるのである。

だから逆に崩す時にも、ここを狙って崩しをおこなうわけである。

秘図の最下段に「根之棚」とある。むかって右から「ア・オ・ウ・エ・イ」と読める。

この最下段からの発声・気合が、最上段の「高天之棚」に至るようにする、これが「水行(みそぎ)」における、「五音の気合法」の基である。

「イヤァーアーア」とやるのが「ア音の気合」、という具合に・・・。


◎音霊法と耳根円通法

「音霊法」にきわめて酷似している法が、佛仙の法にもある。

禅宗の傑僧、原坦山師(はらたんざん)が、正光真人という神仙から学んだ「耳根円通法」という法である。

その法は、以下のようなものである。

魄液が腰部から脊髄を上流し、脳にて魄気と和合。それが全身に流れる。その和合の度合いと流れや働きで「惑」にもなり「病」にもなる。脊椎を上流するものをウダーナ(陀那)といい、脳においてアラヤ識(深層意識)と和合し下流するものをマナ識(末那識)といい、脳と脊椎の接路を断ずることで、正覚・霊智を開き、身体壮健を得る。これが、この法の基礎理論であり、その具体的な方法は、「聴覚神経」と関係するという。

これは私見であるが、真言密教やチベット密教の諸法、果てはグレゴリアン聖歌、イスラームのアーザンに至るまで、このような人間の機能に関係があるのではないか、ということである。

ことに咽喉部のチャクラ(精宮)である、「ヴイシュダーチャクラ」との関係をわたしは実体験として認識している。

この咽喉・首の部位は、発声と聴覚に関連しており、首がポイントなのは、頭部と胴体を連結している部位だからである。

頭(あたま)を「在り霊(ありたま)」といい、天霊(あたま)という。頭に神霊が降り、頭部の背後に光輪(オーラ)が発光する。

胴体には、胃袋・肝・心臓・性器と「本能」や「欲望」に連結した部位が多くある。だから此処との交通を断つわけである。

殊に聴覚を使うことによる、「霊灌ぎ(みそそぎ)」というのは、神仙の法でも、仙佛のほうでも同一なのであろうと思うし、人体の構造上、正しい理論なのだと感じている。

実際に実践していてそのように感じるのである。奇しびなる法であると思う。


◎禊ぎの心得

殊に「みそぎ」は自分、他人、家、国、世界のために行なうのだ、という心得が大切である。そのような心を自分の中に確認して行なうべきものである。

たしかに、霊的な防御法であるという側面はあるが、理念が大切である。

理念なき修道・修行は、粗野な人間しか生み出さない。どんなに荒行苦行をしようとも品性の卑しいものしか生み出さないのである。

高度な理念ということについて修道者は考えなければならない。要は、口先を真実にするには、具体的な行動がなければならぬということである。

秘儀伝承【天津祝詞と裏の禊ぎ(上)】

  • 2013.08.01 Thursday
  • 19:03

秘儀伝承

【天津祝詞と裏の禊ぎ(上)】

◎天津祝詞のこと

天津祝詞とは以下の祝詞をいう。

高天原(たかまのはら)に神留坐(かむづまりま)す。
神魯岐神魯美(かむろぎかむろみ)の命(みこと)以(もち)て。
皇御祖(すめみおや)。神(かむ)伊邪那岐命(いざなぎのみこと)。
筑紫(つくしの)日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(をど)の阿波岐原(あはぎはら)に。
御禊(みそぎ)祓(はら)ひ給(たま)ふ時(とき)に生坐(あれませ)る祓戸(はらひど)の大神等(おほかみたち)。
諸(もろもろ)枉事(まがごと)罪穢(つみけがれ)を祓賜(はらひたま)へ清(きよ)め賜(はらひたま)へと申(まを)す事(こと)の由(よし)を。
天津神(あまつかみ)国津神(くにつかみ)。八百万(やほよろづ)の神等共(かみたちとも)に。
天(あめ)の斑駒(ふちこま)の耳振立(みみふりたて)て。
聞食(きこしめ)せと。恐(かしこ)み恐(かしこ)み白(まを)す。

この祝詞は一番短い部類に属するものだが、効験は非常に高い。

ゆっくりと、一つの言葉を理解しながら、神界へ祈祷を届けるつもりでお唱えする。

間違いなく効験がある。




◎入滝して奉唱する

瀬の流れの速い清浄な川、もしくは由緒のある滝で、禊ぎ行事をおこなう。

水行と書いても「みそぎ」と読む。

表の禊ぎは「水行」「滝行」などである。裏の禊ぎは「耳注」という。

「耳注」(みみそそぎ)とは、以前に述べた、「音霊法」である。「おんれい」「おとだま」という。

この「音霊法」は、ひたすら音を聴くことなのだが、あわせて「言霊の法」を修真・修道せねばならぬ。

これは「真寿鏡(ますかがみ)」という神代文字マンダラとでもいうべきものを見ての行である。

滝にては、天津祝詞・清祓秘詞など祓いの神言祝詞を奉唱する。


◎「耳注(みみそそぎ)」について

禊ぎは、耳注ぎに通じる。この「耳」だが、神言に「ト・ホ・カミ・エミ・タメ」というものがある。

これは「遠つ神、えみ給え」から来ているものである。この中の、「カミ」「エミ」の「ミ」をとって「ミミ」というのである。

だから「カミ」の「恵み」は、「耳」からくるのである。

音を聴くこと、音と一つになることは、神に通じるものなのである。


◎秘儀伝承

天津祝詞の一音一音には、深い意味が込められている。

「高天原(たかまのはら)」と最初に奉唱するのだが、この一音一音、「タ・カ・マ・ノ・ハ・ラ」にはそれぞれ意味があるのである。

「たかまのはら」とは、天上の神々の世界・高天原なのであるが、そういう意味とは別に、一音一音に秘儀的な意味がある。

ゆえに我が国を「言霊の霊幸ふ国(ことたまのたまちはふ)」と呼ぶのである。

しかし、実践にあたっては、意味などは分からずとも、熱心に奉唱するがよい。

大切なことは、心を清くしてお唱えすることである。


◎修道上の秘訣(このようにすすめる)

現代人の多くが、霊場を「パワースポット」などと言い、お参りらしきことをしているが、原則も知らないで行なっても意味がないし、こういう精神を持った者が、いくら天津祝詞の効験を頂こうと思っても無駄である。

自分らの邪心を沈思反省してから、謙虚に奉唱してゆくべきである。

やればいいというものではないのだ。

わたしのところでも、何かを教えるとすぐに「憶えました」という人がいる。これは大切なことではあるが、ここにも現代人の悪い癖がある。

一つのことを時間をかけてやらない。信仰・修道の世界では、こういう受験勉強みたいなやり方は不可ずである。

いや、もっといけないのは、教えたことを全然実施していない。憶えてもいない。あるいは、秘詞・秘印などのやり方がいつまで経っても間違っている。こういうのは、単なるダメを通り越して、神罰を蒙ることになる。(※本人はまったく自覚していないことが多い)

じっくり魂の奥の奥まで染みこむように、実践を重ねてゆく。何年もの時間が必要だ。これが信仰・修道の成就の近道・秘訣である。

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