改訂版 富士仙元信仰【富士山人穴縁起を編揖す】

  • 2014.06.24 Tuesday
  • 00:00
改訂版 富士仙元信仰

【富士山人穴縁起を編揖す】



江戸期の馬返(うまがえし)あたりの風景の絵図
二対の灯篭は現在もあり、向かって右の灯篭の横には明治大学登山部の山小屋がある。


1)信仰対象


富士信仰の信仰対象は、山そのものであり、浅間大神・仙元大菩薩・木花咲耶姫大神である。

この神は、大日如来と一体のものだとも云われているし、穴信仰では弁天と同一視としている場合もある。

胎内くぐりの信仰も盛んであった。



人穴に入った仁田四郎と示現した富士仙元大菩薩(木花咲耶姫大神)

2)北口浅間神社から登山する

古へのこと、日本武尊(やまとたけるのみこと)さまが東征で関東にいらしたとき『この霊峰はここから(北口から)登るべし』と、のたまわった。それが北口浅間からの富士山信仰登山の起こりなのである。

信仰する者は、古来こちら側から登拝した。現在、日本武尊の訪れた丘地には、大塚丘神社があり。富士講先達の大願成就の記念石碑が点在している。



富岳風穴の内部にある氷柱

3)石碑群の尊さ

富士信仰の篤さはたくさん存在する石碑群で知ることができる。

ゆくときには必ず手を合わせて先達たちへの報恩を念じ、山の世話人たちの御苦労を謝し、おもんばかり是れを知るべし。


  
仁田四郎人穴と鳴沢氷穴
(※ともに江の島洞穴に通ずという)


4)人穴・風穴信仰

富士の信仰の特徴に、穴信仰がある。
古来から江ノ島との結びつきがある人穴も存在している。
仁田四郎の人穴と鳴沢氷穴の2つが江の島へ抜ける洞穴だと云われているものである。



川島金山編揖の「富士山人穴縁起」が出来。
(佛僊真道版)


5)富士山人穴縁起

この度、わたしは「富士山人穴縁起」を編揖した。

わたしの所蔵する「人穴双紙(ぞうし)」は江戸時代後期のものであるが、時機来たれりとして、誰でも読むことができるようにルビを付して、冊子化した。
(※今後、版を重ね、注釈・解説の充実を図り、真に志しのある方のみに、お分けしようと考えている。)

原文は、いまでは使われていない語が多くあり、漢字も判読できぬものもある。また、墨書なので古文書に慣れていないと読めない。そういう訳で現代人には、正確な読解は、ほとんどできないものである。

この書は富士信仰の核になるものであり、佛僊真道の成就の為の法宝である。

富士信仰は、仏教といえば仏教ではなく、神道かと言えば神道でなく、儒教的な教えもあり、混然一体の独特のものである。

だが富士仙元の御法のなかに、佛の教えの真髄が披瀝されているのも、また真なのである。

さて、この「人穴草子」。読んで理解すれば、佛僊の悟り・成仏に至るための「動機(出離の念)」が自然に出てくるものであり、道の根本の「信力(菩提心)」が確立されてゆくものである。

道しるべとは、このような書物をいうのであろう。

単なる読みものではなく、人の為すべきことが、神佛によって啓示・指示されているのである。

わたしは仏教を知り修行も致して35年、遂に佛の教えの真髄を「富士仙元大菩薩(大権現)」の御法によって得た。



天照大神(大日如来)を祀る一合目の社

6)人穴詣りと一合目の社参詣

人穴で経供養など為し、富士山の一合目の鈴神社まで登り神拝・読経供養した。

人穴詣りのほうは、かえって信仰心の無いほうが大丈夫でしょう。

半端な認識や、なまじっかな信仰心でゆくのはお勧めできません。

「動機」「正確な知識」「不動心」が必要なのです。

富士の一合目だとは云っても、1520mあります。殊に「馬返(うまがえし)」は富士登山の入り口ですが、ここの江戸期の賑わいはすごいものでした。そんなことを感じることが富士登拝には大切なことだと思っています。


まあねー  貴重な記録や写真、様々な霊的秘密の知識を、トクねこパンはまだまだ温存しているようだねー トンガリはわかっているんだよー!!
 

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