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    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法】

    • 2016.12.11 Sunday
    • 00:00

     

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法】

     

     

    ◎鈴木天聲著『人格向上 精神療法録』より

     

    第二節 黙祷法

    病なるものの最深根源は心である、而して元は一なるか故に病の元も又一つであると、云はねばならぬ。病は元一つであるけれども之が発して数多となるといふ事は心が一つであっても、之が現はれて数多となると同一である、然らば病を治療する方法も、多少の相違はあるけれども、之が根本原理は決して、氷炭相容ざる程の差異の有べき筈のものではないのである、今試に真理醫法に關する大體の方式を説明すれば、大要下の様である。

    一、先づ目を軽く閉じで思想の統一を行ひ

    二、病人の姓名を思念するのである、次には

    三、病名即病気の種類を思念するのである、肺病、脚気、神経衰弱等。

    四、一時に数種の病に犯されて居る場合には同時に之を思念して同時に之を施せばよいのである必ずしも一つの病に就て各別の治療を施す必要はないのである。

     真理醫法に於いては、必ずしも、病気を知る必要はないのである。時々病名の知れざる場合は、醫者に行き之を確定してもらう必要があるかなどと云ふ質問を受る事があるけれども、左様な必要は更にないのである。何故なれば、本療法は実際の病が何であるかといふ様なことは必要な条件ではないのである。唯、病人が何と信じて居るかといふ事が必要である。若病人が、何病とも知らざる場合は、單に何處が痛むか痒いかと云ふ症状だけに充分である。

    事実に於て、醫者と雖、之が果して何病であるかといふ様なことは、正確に知る事は仲々出来るものではない。大家といはるる醫學者でも所謂診断の結果は大變異るものである。まして、況や其病源が何れにあるやと云ふ様なことは何人にも容易に判知し得べき事ではにのである、故に若も病気が正確に知れなければ治療の効果がない様では其不便の大なるのみならず多くの場合に於て治療法其ものも有名無実に終る事が多いのである。

     以上述べた通りに直接治療の場合に於ては、目を閉じ思想の統一を行ひ、病人の姓名病気の種類を思念して、次に手を患部に按てて治療を開始するのである、以上は治療開始までの手続であるが之から、愈々治療の本舞台に入るのである、以上に述た處を聲を出さずに、恰も其人に説明をして聞せる様に、心の内で静かに語るのである。之を名付て黙祷といふのである。之が理論は後節に譲り、茲には黙祷すべき事柄に就て説明して見様婆。」

     

    以上が「精神療法」における『黙祷法』の説明の大要である。

    整体法の創始者野口師の全生思想の源泉みたいな薫香がすると思う。

    熟読玩味されたい。

     

     

    ◎黙祷法「思念術」

     

    黙祷法や思念術の源泉はキリストの言行にある。

    キリストが成した奇跡にその発生がある。イエスは多くの病を治癒した。そのこと彼の言行録である『聖書』に数多記されている。

     

    野口晴哉先聖は「『聖書』の中に整体は全部入っているよ」と直弟子の方に云われたという。要するにこのことなのである。

     

    それを後世に「黙祷法」とか「思念術」とか「手かざし」と称したのである。そこに今でいう氣功法のような氣プラーナ・霊気を当てるという事が加わり、霊術の治療部門の主力としたのである。

     

    よろしいか、先に「精神療法」があるのだ。その上での「輸氣」「愉氣」「霊氣」だという事である。一番のアンコはこの「精神療法」にあるのだ。

    -----------------------------------------------

    附録

    ◎護身神法

    (柄澤照覺先生著『実験調法 神術靈妙秘藏書 乾坤』神誠館藏版より転載)

     

    ※読み方は違いますが少しはご参考になりましょう。

    -----------------------------------------------

    (つづく)

     

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法】

    • 2016.12.10 Saturday
    • 00:00

     

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法】

     

     

     

    ◎護身神法について

     

    『自然の心 天心(リクパ)を確立する法─戮砲いて、わたしは以下の文を記した。

     

    『◎精神療法の先駆者たち

    整体自然法はイコール野口整体ではない。

    わたしは整体法=野口整体というような枠にはとらわれていない。

    滝行気合法もやれば山歩きもする。はたまた農業もやる。密教の護身法も切れば、神道の護身神法も祀法する。何の制限もない。』

     

    上記の文中で「護身神法」ということを述べた。

    (之の法は、密教の「護身法」とは大きく違う。)

     

    すると、どういうものなのですか?という質問が寄せられてきた。

    密教の護身法でも、今回言及している「護身神法」でも、ご縁をいただいてる、法を知る人から教授してもらってください。これが先ず第一。

     

    自分で何とか知りたい場合には、書籍等にあたってみて広く研究することです。普通は密教のほうならば、師の僧を得、さらに得度してから初歩の法でも受法するものです。まして神法というのは格が違うので余程のご縁がないと人師を得ることができない。受法できるのはずっと先のことです。

     

     

    ◎護身神法のこと

     

    ですが敢えて、ここでは「護身神法」について記すわけです。

    一般的なお唱え詞、観念を記してみます。全伝ではなく、巷間に伝わっているものを記します。

     

    身体護身三元加持五大神王全身守護如影随形如意感応 
    髪膚護身三元加持八万四千毛穴九竅通気自在命根長養 
    魂魄護身三元加持運命延長動静随喜五臓安寧進退吉祥 
    心上護身三元加持胸霧自消心月澄明太願成就上天妙果 
    行年護身三元加持一切星宿養我護神年月日時災禍消除
     

     

    以上です。

    これをどのように読むのでしょうか?

    或る書籍、それは 宮永雄太郎 著『古伝秘法 祈祷宝典 正続巻』(八幡書店)に「護身神法加持傳」として記されております。

     

    上記の書物は、比較的良書です。書架に置かれてよいと思います。

    前書きとして「此も伊豫國 榊原經廣ぬしの寄せられしものになん」とあり、現在の愛媛県ないし四国の榊原(さかきばら)氏から寄せられた加持法であると由縁を述べている。

     

    この書では「身体護身 三元加持」と云う部分が「初重」であり、「しんたいごしん さんげんかじ」と記されています。根本加持とあり、印契は「根本印」になります。

     

    ですが、この読み方は伝承にも依りましょうが、少し違います。

    「身体護身」は「やしろのもとをまもるみたまは」と読むのです。少なくともわたしが得ている伝承ではそのようになります。以下の読み方は想像してみてください。

    書籍だけで分かるようなものではないのです。

     

    しかし、天心(リクパ)を確立しますと様々なことが容易に分かり、且つご縁が自然とできるものなのです。

     

    (つづく)

     

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法】

    • 2016.12.09 Friday
    • 00:00

     

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法】

     

     

     

    ◎鈴木天聲 著『人格向上 精神療法録』

     

     

    『人格向上 精神療法録』鈴木天聲 著(長光堂出版部)

    第九章 第五節「精神統一法」より抜粋
    「…元来文字なるものは是思想表明の記号にして思想を離れてそれ自体には何ら意義もないのである、而して日本語は精神界の出来事を記するには極めて不適当である、故に文字のみに拘泥する様な事があれば決して其真想を理解する事の出来るものでないから、此点を心に明記して之を解釈するに当り、文字以外の真想を会得する様に心掛なければならぬ、今述様とする精神統一という事も単独なる文字丈の解釈にては甚だ漠然たるものであるから一通説明しなければ諸君に充分なる理解が行なからうと思ふ。」
    普通、瞑想法などの指導では精神統一というと、息の回数を数える『数息観』とか『随息観』などをまず説明する。
    これは天台大師智擇1400年以上前に記した『天台小止観』からきているのであり、さらには原始仏教の安那般那念法という呼吸の数を念ずる方から採用したという事なのである。
    すべてインドから来て、中国語に翻訳され、さらに日本語にされ、それをもって冥想法(禅定法)の指南書の根本に採用しているのである。日本の仏教は(仏教だけではない)、この『小止観』の指導の範囲は出ない。これは実に恐ろしいことで、翻訳の翻訳というようになっている以上正確に表現できている訳がないし、インド・中国・朝鮮・日本の文化はあまりにも違いがある。風土も全く違う。
    上記の鈴木天聲師の文章を見ていただきたい。これは名文であり、道をゆく者が心得ておかなければならないことが記されている。
    『人格向上 精神療法録』鈴木天聲 著(長光堂出版部)
    ◎精神統一に対する妄想的見解
    精神統一というと、極致は「無念無想」だという人間が出てくる。しかし、そんなことは不可能であることが完璧な説明で記されている。修道者はこれを忘れてはならぬ。
    「無念無想」ということは精神統一において不可能であり、方法としては違うものになるということである。
    (※この点、詳しい口伝がある。実地の指導で教授する)
    一つだけ云うと「無念無想」はないが「無心」「一心」ということはあるのだ。
    とにかく熟読玩味していただきたい。
    「如斯いへば、其精神統一といふは、禅学者の所謂無念無想の事ではないかといふ人もあるけれども、之はそれと同一ではないのである、禅学研究者無念無想といふ事を一つの理想として居るけれども之は三十年五十年、否一生涯之を需めんと努力した處で決して得られるべき性質のもではない、無我とか無念無想といふ事は言の上丈にて出来得る事にして、事実出来得る事でない、何故なれば心なるものの形式は動である、而して無念無想ちいふ事は心の静的一方面に過ないからである、世の中には総て二面的である、寒と暖、暗黒と光明、善と悪等の如きである、而して善や暖や光明は積極的実在であるけれ共、寒や悪や暗黒は之皆消極的非実在である、非実在に到達するといふ事は言の上にては出来得るけれ共実際には出来得ない事である、故に無念無想の域に達せんとして努力する事は、恰も嶺なき山の頂上に達せんとするに等しく無益の努力である、無我の境とか無念無想と云ふのは、其実は忘念迷想の拭払はれたる本然の心霊の自由に、活躍する状態を指すのである、餘事は扨置然らば精神統一をするには如何にすれば宜しきやと云ふに、其答は只一語練習と云ふ事より外には良き方法はないのである。」
    失礼かもしれないが、読者の大半は上記の文章まで到達することが出来ず、この生涯を終了することになろう。
    だが、このブログを見たのも何かのご縁(よすが)なので、後世に遺すということも含めて、優良な教えを提供しようと思う。
    (つづく)

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法─

    • 2016.12.08 Thursday
    • 00:00

     

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法─

     

     

     

    ◎整体自然法『精神療法』の力の源泉

     

    「精神療法」の感応力の源泉は何かというと、そう!「天心(リクパ)」なのである。

     

    本物の「精神療法」を知ることで、整体自然法の奥義に到達するのである。であるから、天心=リクパ(明知)を得る法、それを確固たるものにする法は最も重要なのである。

     

    その意味で今シリーズの「自然の心 天心(リクパ)を得る法」の記事は、整体自然法の入門篇の中心部分であり、そのまま奥義でもある。

     

     

    ◎野口晴哉『精神療法』

     

    精神療法というものをネットで調べても、芳しい答えはない。

    まして天心(リクパ)との関連で探しても難しいだろう。

     

    わたしが整体自然法の神髄と位置付ける『精神療法』は、いわゆる現代の医学での精神科、心療内科などでいう精神療法とは違うものである。

     

    野口晴哉先聖は、その昔は『精神療法家』と言われていた。あるいは巷間に『気合いの先生』と呼ばれていた。

     

    全生という思想を骨子に、「我あり宇宙の真ん中なり」という境地に立ち、人々に立つことを教え全生すること教え、元からある自然の健康を保持せしめていた。

     

    宇宙が全きであるということは、我もまた全きである。何一つ付加するものはない。

    まして山に入って天狗の修行など必要ない。あるのは、全きであることを自覚するだけ。

     

    このような全生の思想を気合いとして込めた。これが野口晴哉先聖の輸氣(愉氣)であり、精神療法たる由縁だ。

     

    もちろん土台の境地は『天心(リクパ)』であることは無論である。

     

     

    ◎野口晴哉氏は精神療法だけやっていたのか?

     

    整体自然法の神髄は『精神療法』であり、その施行するための境地(土台)は『天心(リクパ)』だとわたしは述べた。では野口氏が、精神療法だけやっていたのかというとそうではない。

     

    身体の構造骨格への方法、心理的方法指導、氣などへの作用、様々な角度の方法を体得し、膨大な教えを遺している。まさに前人未踏である。

     

    だが、その全てにおいて輸氣があり、土台に天心がある。

    チベットの教えによれば、原初の境地は幾つかの側面で顕われる。その一つが慈悲のエネルギーで顕現するということがある。

     

    慈悲とは何か?

    それは無償の愛である。

     

    野口晴哉師の眼にはその『無償の愛の光』が宿っていたのである。

    彼の眼光には、愛の力が、二元論を越えて一元化した天心を保持する者の光りがあったのである。

     

     

    ◎精神療法の先駆者たち

     

    整体自然法はイコール野口整体ではない。

    わたしは整体法=野口整体というような枠にはとらわれていない。

    滝行気合法もやれば山歩きもする。はたまた農業もやる。密教の護身法も切れば、神道の護身神法も祀法する。何の制限もない。

     

    であるから、野口師以前の精神療法家の方法も参考にし、取り入れて活用する。

    実践第一、実用性第一である。もちろん趣味と実益を兼ねてであるが。

     

    精神療法の先駆者といえば、何といっても精神霊動の桑原天然師(桑原俊郎)である。桑原の直弟子の松橋吉之助、中堂謙吉。心身修養法の檜山鐵心師、真理医法の鈴木天聲・鈴木美山師の二兄弟。まだまだ他にもいる。

     

    上記にあげた方々は野口晴哉師の誕生以前から活躍さていた方ばかりだ。

    精神療法の先駆者である鈴木天聲師の『人格向上 精神療法録』第五節・精神統一法から抜粋して論を進めることにしよう。

     

    (つづく)

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法А

    • 2016.12.05 Monday
    • 00:00

     

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法А

     

    密教 護身法奥秘(秘図)

     

     

    ◎整体の神髄『精神療法』

     

    整体自然法「天心を確立する法」のシリーズで、わたしは下記の文章を書いた。見ていただこう。

     

    『◎どのようにして天心(リクパ)を確立するか?

    下記の秘図を見ていただこう。これは密教の護身法の秘伝の図である。秘図はこの一枚だけではないが、秘伝あるゆえにここに全てを掲載することはできない。

    この秘図を四次元化してもらいたい。この秘図は護身法という密教の一番初めの基礎だが、実は奥義に通じている。雲照律師という方は名僧であるが、護身法の一事で解脱を得たという。護身法はたったの数分で修すことができる。簡略版なら10秒だ。しかし雲照律師のやっていた法は通常の法ではなく、秘図に示したものにその一端を垣間見ることが出来る。

    これが天心(リクパ)と、どう関係があるのか?

    要するにこのような密教の行法の奥の奥に天心を確立する教えがあるのだ。』

     

    整体の神髄『精神療法』を述べる前に、是非とも上記のことを「天心を得る方法」の補足として述べておきたい。

     

    先ず護身法は密教の入門の第一の法である。密教と言うけれども密教の行者であれば必ず護身法を修することができる筈だ。この法は五つの印真と観想から成り立っている。専門的には荘厳行者法という。

     

    ‐三業・・・空観(縁空)の悟りの上に立つことを修する。土台の法である。自性清浄と文言がそれである。原初の境地(土台)には自性清浄(空性)の側面もある。

    ∃派三摩耶・・・身業を浄化、すなわち肉体エーテルの浄め。視覚領域の浄化だ。

    O_敝三摩耶・・・口業の浄化。音・振動・プラーナ(ルン風)の浄め。耳・口の領域の浄化。アストラル体の刺激。

    ざ盥簓三摩耶・・・心の浄化。心を浄める。メンタル体の浄化

    ト鏐淡鄂函ΑΑ慈悲の発生。コーザル体領域へ。菩提(さとり)から慈悲の発現。聖者のオーラの発生。自分の身口意が三業からホトケの三密になり、つまり一元化を果たし、いよいよ他者にまで影響を及ぼす。それは慈悲となって顕われる。チベットでは「ツェル」すなわち慈悲のエネルギーといわれ、応身と関係がある。いわゆる転生活佛(トゥルク)というのは、悟りの境地を得た者が、ツェルの位相で出現したということなのである。

     

    日頃から身口意を浄化するところの護身法を修することは、二元論を越えて一元化(再統合)を果たし、天心を得ること、自然解脱を得ることに通じている。この手法は便法として優良であり、世俗諦・勝義諦の聖俗二諦に共通して効果を発揮する。

     

    尚、一言 口伝を述べるならば、冒頭の秘図をあますところなく理解した上で、この護身法奥秘図をして犹夕仝鬼兪朮臭瓩垢襪里任△襦この意味がお分かりになるであろうか。

     

     

    ◎整体自然法の神髄『精神療法』を説く

     

    整体操法の達人、整体法の創始者・野口晴哉師はその昔の紹介では「精神療法家」として知られていた。全生の詞にある「我あり ウーム大丈夫」ということを主にして生きる活、全生をもって生命の根源の力を保持せしめていた。

     

    生きるなら生きるし、死ぬなら死ぬ。ただそれだけ。

    一日生きたという事は一日死んだということ。

    身体即生命と喝破した。

     

    彼の輸氣(愉氣)は気合であり、操法も気合(輸氣)なくしてあり得ない。気合=輸氣とは何か?

    それは潜在意識教育、心理指導であり、これが「精神療法」だということである。

     

    精神・心理・潜在意識は、要するに魂であり身体だという認識である。このことはゾクチェンの教えと共通している。三つのレベル教えがあるのだ。

     

    それは身・口・意である。しかし、これらはバラバラではない。一つを通じて再統合し、三つに及ぼす。三つのレベルの修行をしつつ、一つにする(再統合する)。要は見解(タワ)を得、心の本性、原書の境地を得たら(元々在るのだが)、そこにとどまる。とどまり続けるのだ。

     

    ゾクチェンの教えに「疑いのない境地にとどまれ」と云っているのはこのことである。

     

    体から深い心に感応することは可能なのである。整体自然法では、身体への操法、輸氣法のプラーナの感応(口)、心への直接の感応(意)、これらが同時に為される。

     

    これこそが整体指導の要諦である。

    「精神療法」の感応力の源泉は何かというと、そう!「天心(リクパ)」なのである。

     

    本物の「精神療法」を知ることで、整体自然法の奥義に到達するのである。であるから、天心=リクパ(明知)を得る法、それを確固たるものにする法は最も重要なのである。

     

    その意味で今シリーズの「自然の心 天心(リクパ)を得る法」の記事は、整体自然法の入門篇の中心部分であり、そのまま奥義でもある。

     

    (つづく)

     

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法Α

    • 2016.12.04 Sunday
    • 00:00

     

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法Α

     

     

    ◎整体自然法における天心を確立する法は?

     

    整体法の創始者 野口晴哉師は、天心を確立する方法をどのように教えていたのであろうか?

    整体されている身体を保持すれば、それは自ずから生ずるとでも述べていたのであろうか?

     

    しかしながら、訓練された天心というような境地を保持するには、必ず手法があるはずであり、その方法は整体法の諸行法、深息法・脊髄行氣法・合掌行氣法・気合法・輸氣法などであろう。

     

    しかしこれら行法で、訓練された天心の保持などできるのであろうか?

    たしかに初代野口師は可能だったのだろう。他はどうか?

     

    悟りをひらいている人物が野口整体にいるであろうか?

    「訓練された天心」というものを説いても、整体法では実現できていない。要はそういうことなのだ。

     

     

    ◎「全生の詞」を実現する具体的な方法

     

    今ここに述べることは、千金の重みをもつ。

    受講料10万円頂戴することの出来る内容だ。

     

    低級低俗なインチキ宗教や意味不明の神仏を拝する新興宗教などは論の外だが、キリスト教における聖書や神道の祝詞、日本仏教宗旨の法華経・阿弥陀経・般若心経等々、どれでもいいので心から信仰している修行方法や修道法などは利用する価値がある。要するに何でもいいのだ。

     

    逆に宗教教義やイデオロギーにとらわれているほうが危険で、訓練された天心(リクパ)など得ることはできないだろう。

     

    人間の精神集中の特質は座位の姿勢にある。インドのヨーガの蓮華のポーズや、日本の正座、椅子に座る方式など、儀式の時や精神集中の時は畏まって座るのだ。只管(ひらすら)座る、そう「只管打坐」である。

     

    手は思考の表現であり、人間の意志や思想を表し伝達する力を有する。それ故に手の形は非常に大切だ。膝の上にゆるりと置くのはリラックスしている時、祈る時は手を合わせる。強く祈る時は手を組み額にもってゆく。心を寂静にする時には胸のところで合掌する。これは心の本源が此処にあることを本能が知っているからそうするのである。

     

    「全生の詞」でもよいし、別の祝詞、聖書の詞、お経でも真言でもよい、先ず読誦すること。朗々とできるようにする。暗記すること。その言葉の中の好きな文句語句をよく理解しておく。これが下準備である。

     

     

    ◎天心(リクパ)を得、確固たるものする法

     

    必ず自観する。

    次に苦観する。

    また大自観する。

     

    正坐し(どのような姿勢でもよいが自分にとって適切な座位)息を調える。

    手を合わせ胸に付ける(柔らかく)。

    読経、祝詞奏上、全生の詞、聖書訓読 何でもよい。

    (※無意識で唱えられるようにしておくこと)

    声を響かせてゆく。声の振動を身心全体に及ぼす。これはエーテル体刺戟。

    自動的に経文なりを唱えつつ、自分の好き語句の部分を意識して感動しながら唱える。これアストラル体への刺激。

    経文を無意識に唱えている自分を靈的な自分が見ている。これメンタル体刺戟

    見ている自分は宇宙の自分であり、且つそれは内部の一番奥から見ている。これコーザル体霊胎からの所見刺戟なり。

     

    これにプラス 自分の師匠への信頼と被加持、正統的伝授、その他の条件が整えば必ず今生で結果が出せる。

     

    ほんとうの整体自然法の行法の核心部分はこれである。これを秘密裏のうちに応用すれば、いま整体法を実践されている方も大いなる飛躍を遂げる事でしょう。

     

    野口整体だろうが整体自然法だろうが、技法の真ん中は「訓練された天心」なのです。

    つぎの稿では、整体自然法の「精神療法」について述べよう。

     

    (つづく)

     

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法ァ

    • 2016.12.03 Saturday
    • 12:00

     

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法ァ

     

    ◎全生の詞(全文)

     

    我在り、我は宇宙の中心なり。

    我にいのち宿る。
    いのちは無始より来たりて無終に至る。
    我を通じて無限に拡がり、我を貫いて無窮に繋がる。
    いのちは絶対無限なれば、我も亦絶対無限なり。
    我動けば宇宙動き、宇宙動けば我亦動く。
    我と宇宙は渾一不二(こんいつふに)、一体にして一心なり。
    円融無礙(えんゆうむげ)にして已(すで)に生死を離る。況(わ)んや老病をや。
    我今、いのちを得て悠久無限の心境に安住す。
    行住坐臥(ぎょうじゅうざが)、狂うことなく冒されるることなし
    この心、金剛不壊(こんごうふえ)にして永遠に破るることなし。
    ウーム、大丈夫。
    _羣澆蝓我は宇宙の中心なり。
    我にいのち宿る。
    いのちは無始より来たりて無終に至る。
    我を通じて無限に拡がり、我を貫いて無窮に繋がる。
    いのちは絶対無限なれば、我も亦絶対無限なり。
    ここまでが「土台」・・・我・いのち絶対無限なり
    (これが見解(タワ)である。)
    我動けば宇宙動き、宇宙動けば我亦動く。
    我と宇宙は渾一不二(こんいつふに)、一体にして一心なり。
    円融無礙(えんゆうむげ)にして已(すで)に生死を離る。況(わ)んや老病をや。
    この部分が「修行(道)」・・・我と宇宙は渾一不二「生死老病」を離る
    (実際の修行。内と外のインを一つにする。テクチュー(切断)の核心部分である。)
    2羣、いのちを得て悠久無限の心境に安住す。
    行住坐臥(ぎょうじゅうざが)、狂うことなく冒されるることなし
    この心、金剛不壊(こんごうふえ)にして永遠に破るることなし。
    ウーム、大丈夫。
    これが「結果」・・・我今、いのちを得て行住坐臥 永遠に金剛不壊の心境に安住す。ウーム大丈夫。
    (修行の結果。究極に於いてランドルの境地に入る。自他共にウーム大丈夫!)
    ◎天心(リクパ)を得る方法
    前稿い任蓮∪超の瞑想を紹介した。『ナムカ・アルテー』という手法である。
    この稿では、また違う手法を紹介する。
    ゾクチェンの修行の前修行(前行)としては「ルシェン」というものをやらなくては不可ず。
    だが「セムジン」という方法もあり、これは滝行気合術に応用できるものである。
    「全生の詞」の前半。「我在り」の部分だが、「我」は一体何処にあるのだろうか?
    そして宇宙とは?
    「我在り、我は宇宙の中心なり」
    「我にいのち宿る」
    この二点には、土台(シ)が示されている。我の所在は、この身体の内に在り、心臓部の月輪にある。だが「我」は宇宙の中心、宇宙そのものでもあるのだ。
    我の一点が、そのまま宇宙の中心になる。内のイン、外のインが一つになる。
    「我にいのち宿る」とは、霊的一点、肉身上は精子卵子の結合であるが、幽政上は「産霊(むすび)」の一点、産土神の介在の「霊魂(魂霊)付与」のカムワザである。
    これが自然の智、リクパ(天心)の究極の一点である。
    先ず、我と宇宙を想う。我が広がり、宇宙を飲み込む。今度は宇宙広がり、我が中に入ってしまう。これを「四次元図形」の動きを応用して瞑想する。
     
    つづく

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法ぁ

    • 2016.12.02 Friday
    • 12:00

     

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法ぁ

     

     

     

    ◎結果を求めて正しい行為を実現する

     

    ゾクチェンのような人間界において最高度の成仙法は、普通 行為(チューパ)の結果として、神通力が生じるとされる。心の本性のままの、原初の境地ともいうべき悟りに住して、主体と客体を再統合して「自然にみずから解脱する」という結果を実現する。

     

    悟りの状態は前縞で記したように、チェルドル、シャルドル、ランドルの三つに分類することができる。つまりこの解脱の過程で、程度の差はあれ幾つかの神通力が出てくるわけだ。

     

    身・口・意(意識及び潜在意識)の領域で、一元化してくるので、自ずから通力が出てくるのだ。だから副次的なものだと言われている。あくまでも求める結果の本道は、煩悩からの解脱であり、煩悩が輪廻のモトであるから、煩悩が自ずから解脱されれば輪廻転生からも解放されるのである。

     

    煩悩があるということは、その見解が迷妄のなかにあり、正しい見解・行為が出来ていない。別の言葉で言えば、我と外部というように二元化している状態をいう。主体と客体を統合(再統合)する。これが悟りである。言葉で言うのは簡単だが、並大抵のことでこのような境地を得れるものではない。

     

    私が提唱しているのは、行為を怠りなく行ってゆく、それは間違いないことだが、もう一歩踏み込んで、神通という結果が出るように修行するということである。

     

     

    ◎神通を求めて修行する

     

    わたしは先に「神通という結果が出るように修行する」ということを述べた。実はこれは大変難しいことである。ある力を持つと、邪に入る恐れが出てくる。

     

    憑霊現象なのに、神霊が感応したとか、念力が出てきたとか、そういう次元で停滞する。逆に言えば、それは低級な狗獱(天狗)などにやられている場合が多い。

     

    だから力を求めての修行は、二元化・二元論的見解に陥った時に破滅的な結果をもたらすのである。

     

    スターウオーズの主人公のひとりダースベイダーがまさにソレである。フォース(理力)に対するダークサイド(暗黒面)とは、二元論的見解に堕ちたところから來ているパワー(通力)ということである。

     

     

    ◎神ながら:神遊法・黄金の装飾品

     

    釈迦の教えでは、阿羅漢の最高の悟りの後も只管戒律を遵守し禅定に入るのを無上とする。しかし密教殊にゾクチェン密教では、ひたすら三昧に入り続ける。これだけである。

     

    三昧とは冥想のことではない。形無き冥想、ひたすらラマ(師匠)の心に住することである。このラマの心を与えてくれた方を根本ラマ(ツェワイラマ)という。

     

    であるから根本ラマを選ぶことなどできない。教えを伝授してくれるラマ(上師)は幾人もいる場合があるが、根本ラマとはそういったものではない。

     

    ゾクチェンでは特有のツェル、ロルバ、ダンというエネルギーの位相の捉え方があるが、今ここでそのことを述べている暇はない。

     

    要するに自分から見たら外部の世界に見えるものは、自分のエネルギーの顕われだということである。であるが故に一々の事象に捉われる必要がない。固定していつまでもこだわる必要はない。

     

    悟りの土台である、原初の境地を感得したら、これをしっかり固めることである。その上で、神道でいう「かんながら(惟神)」、道教の仙人(真人)がいう「神遊」、ゾクチェンでいうテクチュー(切断)を深めてゆくことである。まあテクチューがその土台の要諦なんですけどね。

     

    全ては、黄金の首飾りであり、腕輪であり、指輪であり、王冠であるわけです。浄も不浄もない事象の顕われ、自分のエネルギーの顕われに過ぎない。なぜ黄金を喩えに使ったのかというと、わたしが個人的に黄金大好きだからです。

     

     

    ◎実際の初歩的修行は

     

    先ず呼吸を調えて氣を落ち着かせること。心を落ち着かせリラックスする。

    呼吸の出入りに集中する。できれば数をかぞえる。

    雑念を放置して、それを眺める。いじらないで、それを見る。一日1分以上は必ず行う。

     

     

     

    ◎【天心(リクパ)を確立する法】

    「青空の瞑想」を行なう!

     

    先の方法にさらに只管青空を思う。雲一つない青空を冥想しつづける。

    太陽が西に沈む時に東を向いて 只管青空を見る。

    この時の目の置き方に秘訣がある。

     

    しかしながらそれもこれもできる人間から伝授を受けなくては不可ず。

    導き入れ・伝授・解説というものがないと理解できない。

     

    天心(リクパ)を確固たるものにする、これは容易なことではない。

     

    整体法だとか偉そうに言っても 確固たる天心を持っている者は 暁天の星の如く稀だ。

    まさに稀有である。

     

    整体法の創始者 野口晴哉師の凄さは頭の良さでも、観察力の卓越さでもない、一番の要因は 天心(リクパ)を確固たるものにしていたことあると思う。彼の師以後にはそうのような人物は見当たらない。

     

    実を言うと有名な「全生の詞」、この小詞には、

    ‥型瓦鬚弔み

    天心を確固たるものにし

    E型瓦里△蠅茲Δ里泙泙棒犬る法 が説かれている。

    まるでチベットの埋蔵経典(テルマ)の教えのように。

     

    これはヒント以上のものである。

    公にしたくはなかったが、時代の要請だと感じ敢えて記すことにした。

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法】

    • 2016.12.01 Thursday
    • 12:00

     

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法】

     

     

    ◎時間の制限を超える神通(宿命智通)

     

    佛法では「六大神通力」ということをいう。

    仏教者というか普通の坊さん僧侶などは、「僊(仙)」を得ていないので、神通は生じない。

    「僊(仙)」とは「遷」のことであり、遷るということである。人間の籍(人籍)から脱して仙界に列すること、補準僊の格式以上を取得すること、之れを「僊」という。

     

    六大神通力は「法華経」などで詳しく説く。

    もちろん原始仏教のお釈迦様の時代からあったものである。

    「六つの神通力」これを、チベットでは「ンゴンシュ」という。

     

    天眼通、天耳通、他心通、宿命智、神作智(神足通)、漏尽智(漏尽通)である。

     

    なかでも漏尽智(ろじんち)は、悟りと関係があり、六神通の真ん中であり、余の五神通は副次的なものである。つまり真ん中の漏尽通体得を目指すと、付随して生ずる能力(通力)だということである。

     

    この稿で取り上げるのは、四次元との関係で宿命智通について述べたいと思う。しかしながら、はじめて六神通について聞く人もいるだろうから、一応の解説をしてから、宿命智についてお話しよう。

     

     

    ◎六つの神通力

     

    ‥郡稍漫ΑΑΔ海譴鰐椶亡悗垢訥摸呂埜るということにおいて通常の視覚を越える。見る対象は物質であり、人間で言えば身体(色)に関係している。

    密教の護身法の佛部三摩耶は頭部、殊に眉間の部位を浄化し、加持を得 第三の眼(アジナー)を開発する。

    天耳通・・・関連部位は喉(ヴィシュダー)である。音・ルン(氣)などを対象として能力が通常の状態を越える。対象が音であるから当然耳の感覚に通力が生ずる。音と呼吸は深い関係があるので、声や言語の能力にも影響が出てくる。

    護身法の蓮華部三摩耶でこの部位を浄化し、霊的な加持を得て開発する。

    B梢環漫ΑΑ心・意識に於いて通力が生ずる。具体的には心の領域で一元化するので、他人の心が分かってしまうという通力となって発現する。部位としては、胸(アナハタ)である。

    護身法では金剛部三摩耶で胸の部位を加持し浄化する。

    そ斌臣卍漫ΑΑΔ海猟摸呂六間の枠を越えることから生ずる。過去現在未来という時間の断片には過去現在未来の痕跡や因子が顕われている。

    タイス(骰子)や筮竹(易占)で、偶然の中から未来を予測する(占う)のは、時間の秘密を応用しているわけである。宿命智はまさに四次元能力の入り口と言える。

    タ逝通・・・奇跡的な事象を起こす通力である。この通力は脊髄の基底部のクンダリニーというものに関係している。

    ο蛙堋漫ΑΑΕ船戰奪箸任蓮屮肇Д妊襦廚箸いΑ3鞠阿糧犂漾空のようなという意味である。トェデルとは主体と客体の完全な再統合。ここまで来ると通常の転生ということは無くなる。輪廻からの解脱である。

     

     

    ◎どのように境地は進捗するのか?

     

    .船Д襯疋襦ΑΑΕ疋襪箸浪鮹Δ箸いΠ嫐。「観察すると、それはみずから解放する」という状態をいう。観察することで煩悩・二元論が解放(解脱)してゆくのがわかるのである。

    ▲轡礇襯疋襦ΑΑΑ崟犬犬襪汎瓜に解放する」ということだ。煩悩が生じた瞬間に解放される。例えば雪が降ってきて湖の水面に接した瞬間に雪は消えてしまう、解けてしまう、このようなことに喩えることができる。

    ランドル・・・「自然にみずから解放する」。解放しっぱなしの状態である。

     

    心の境地が解脱すると云っても、能力に差異があるので、煩悩からの解脱の状態は違う。この過程で六つの神通力は生ずる。

     

     

    ◎【天心(リクパ)を確立する法】

    「見立て」を行なえ!

     

    先ず修道者が行なうべきことは、見立てである。どのような宗教的な手法でも必ずお祈りとか聖典読誦とかそのようなものがある。それを活用して「見立て」をすることである。

     

    一つの方法として密教の護身法の奥伝の修法で学ぶということ。あるいは護身神法という神術を用いても良い。

     

    神の道でいうところの「ナガツツミ」ということが大切であり、わたしが日頃行っている「観察すると其れは自ら解放(チェルドル)に至る瞑想法」が一番早道だと思う。

     

    (つづく)

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法◆

    • 2016.11.30 Wednesday
    • 00:00

     

    整体自然法【自然の心 天心(リクパ)を確立する法◆

     

     

    ◎四次元図形のこと

     

    人間は三次元の中で生きているが、実は四次元との接点でもあるわけだ。この瞬間の中に過去と未来という時間が含まれている。

     

    しかし、三次元の我々には時間の壁を自由に越えることはできない。

     

    だが、思考や心の領域に於いて、過去や未来に思考・心を飛ばすことができる。それは空想・想像(想起)ということになるのだが、その中にこそ四次元化の鍵がある。

     

    四次元図形の正八胞体というものがある。これは四次元理解に役立つ。

    この図形をK君が教えてくれた。

     

      

     

     

    ◎夢に現れたK君をめぐって

     

    人間は三次元の中で生きているが、実は四次元との接点でもあるわけだ。この瞬間の中に過去と未来という時間が含まれている。

     

    ある一瞬の中に未来が見えるということがある。気というのか、予知みたいに感じることがあり、的中することがある。みなさんも経験がある筈だ。

     

    正夢なんかもそういうものだ。実は昨日、K君が夢に出てきた。彼は野口晴哉師を尊敬し、その御子息も尊敬している。またご存知、霊学の泰斗 松本道別翁も尊敬してやまない。その彼がわたしの夢に出てきて、私の背中に座位で(拇指で)胸椎の際に輸氣をしている。そういう夢だ。

     

    夢のなかで私は、彼の拇指の角度に合わせて微妙に体重を預けて圧を増そうとしている。その時である、まさに在りし日の野口晴哉師が目前に登場し、アドバイスの上、指示を与えてくれた。あのしわがれた様な独特の声で。わたしは尊敬はしていても、ふつうのおじさんだと思っているので、平気で話しをしたら笑っていた。

     

    この夢は、たしかに戯言の夢見かもしれないが、大切なポイントがある。夢は時空を超えるという事と霊的なものであるということだ。そしてK君が野口晴哉師を大変に尊敬し正しい評価をしているという点である。

     

     

    ◎どのようにして天心(リクパ)を確立するか?

     

    下記の秘図を見ていただこう。これは密教の護身法の秘伝の図である。秘図はこの一枚だけではないが、秘伝あるゆえにここに全てを掲載することはできない。

     

     

    この秘図を四次元化してもらいたい。この秘図は護身法という密教の一番初めの基礎だが、実は奥義に通じている。雲照律師という方は名僧であるが、護身法の一事で解脱を得たという。護身法はたったの数分で修すことができる。簡略版なら10秒だ。しかし雲照律師のやっていた法は通常の法ではなく、秘図に示したものにその一端を垣間見ることが出来る。

     

    これが天心(リクパ)と、どう関係があるのか?

    要するにこのような密教の行法の奥の奥に天心を確立する教えがあるのだ。

     

    それは「自然に自ら解脱する」という冥想である。

     

    (つづく)

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