魔法講座(前篇)と摩訶白湯巫女交霊経典の靈応

  • 2016.02.22 Monday
  • 18:00

真言魔力・魔法講座(前篇)畢わりぬ!


☆特別解説;摩訶白湯巫女交霊巫傳経典の靈応



死出の山をゆく

昨日、わたしの畢竟の願いであった、真言魔力・魔法講座が開催された。後篇にむけて(1カ月後)魔法の課題が受講者に与えられた。受講者各位が、課題を倦まず絶ゆまず精進するならば、魔法・魔力の原因を体得する元を得ることができるだろう。

講座の休憩時にわたしは或る重要事項を述べた。それはわたしの今施術している方(仮にAさんと呼ぶ)のことだった。数日前に緊急入院し集中治療室に担ぎ込まれた。わたしは彼の病室に行き、奥様と共に葬儀のことや彼の愛息について行く末を託された。随分前から、葬儀を頼まれており、わたしが導師として葬送の儀をおこなうことは依頼されていた。この方の墓所は富士霊園にあり、死後、枕経から四十九日・納骨式まですべてわたしが導師として執行する。そのための準備をわたしのほうも心得ていた。

葬送の儀のための法衣袈裟、経本、引導文・諷誦文等を法衣カバンに用意する。戒名は御本人の希望で。白木のお位牌などすべては整えられている。しかし、乍らなぜか、わたしは4月17日に「創作語り声明」の公演会を行なうことにし、演目として『摩訶白湯文字の交霊巫傳経』というものを選択した。そのための音調の創作と稽古を毎日行ってきた。

この経典に基づく交霊法は絶大な効験を顕すとされている。
事実、この秘経典の読誦の効験はすでに顕われた。先ず第一に、わたしの父親の霊界での消息がわかった。夢ではあるが、亡き父から電話で知らせがあった。「〇〇〇〇にいると!!」。

その後、サニワした結果、どのような働きをしておられるのか知ることができた。子孫は供養廻向を怠ってはいけないことが判然とした。そのお陰で慚愧し勇猛精進の心が生じてきた。

そして、先のAさんのことだが、昨日講座の休憩時に、その話をしていると、外からどこかのおやじさん(隣のお店の主人か?)が、「・・・じゃあ昼過ぎだなぁー!」と叫んでいるのが聴こえた。

そして今日、Aさんは安らかに逝った。わたしは知らせを受けてお昼すぎ、午後1時前にA家に到着し、ご家族ご親族ご一同面々が集う中、枕経をあげることができた。Aさんとの約束の第一段は無事に果たすことができた。



斎の御座におもむく亡者たち

読経看経のあとでAさんの奥様とお話したのであるが、Aさんがお亡くなりになる24時間前に、夫婦で電車に乗っている夢を見たそうだ。しかしその夢の中で、Aさんは奥様を車中に残して、或る駅で下車してしまったそうである。あなた!あなた!と言っても振り返りもせずに行ってしまい、その時の印象は生きている人の感じではなかったということだった。

 
千と千尋の神隠しの1シーン  千(千尋)はカオナシと幽界電車の乗る

わたしは奥様にその駅名を憶えていますかと聞くと、「はい、〇〇〇でした!」と語った。
その駅名を聞いてすぐに分かった!その駅名は平仮名であったそうだが、すぐにどんな漢字を当てるのか分かった!
わたしが「それはこれ 〇〇ですね」、というと彼女は「はい、調べたらそう書いてありました」という。



千と千尋の神隠しの1シーン  この少女はこの世の人か?

わたしは即座にそれは『摩訶白湯巫女交霊経典』の内容と軌を一にしているものだと思った。毎日、彼の秘経を声明として稽古していると、或る心像風景が脳裏に出てくるのである。

また、このAさん宅の指呼にあるお地蔵さんは江戸期のものだが、前世でわたしが僧侶であった頃に拝んでいたものだったという確信があらためて心に生じ、まさか僧侶の恰好で礼拝するとは思いもしなかった。わたしは今後四十九日間、Aさんの中陰供養に入り、毎日毎日怠ることなく読経看経をしてゆく。であるから本日、枕経をお唱えするにあたり、髪の毛はすべて刈り、頭を丸めた。

Aさんの早く訪れたご逝去と『摩訶白湯巫女秘経典』の練磨、この2つは決して偶然ではないと思う。4月10日はAさんの四十九日であり、富士霊園にゆき四十九日の満中陰の法要と、納骨の儀を行なうことをお約束し決めてきた。その1週間後に『摩訶白湯巫女由来の語り声明』をご披露する。あなたはこの流れについてどう思うか?

初七日までの期間で、各種の神法密部の法を行ない、『摩訶白湯文字交靈巫傳経眞品』もご霊前で看経し、Aさんの御霊魂に捧げる予定である。安心して眠りにつく。わたしは御家族との協力で、故人の真実の大安心を心から念願している。



歌舞伎「博奕十王」


◎真言魔力・魔法講座(後篇)へ

3月27日(日)真言魔力・魔法講座(後篇)を行なう。この一ヶ月、受講生たちは課題を真剣に実習し、ある種の課程を終える。すると次には、まさに真言魔力、呪文の伝授だ!

わたしは来月、できるならば『摩訶白湯巫女秘経』の法に由来する、秘密呪文を伝授したいと考えている。これは『召霊』に欠くことのできぬ秘呪であり、このマントラと金剛鈴の深い音が重なった時、本当の『召霊』が可能となる。

魔力も霊を招くほどの力を持って、はじめて本物だと言える。

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【摩訶白湯巫女 声明の響演 “イタコの源泉への誘い”】

(ご案内)
【日時】平成28年4月17日(日)午後2時〜4時
【場所】洗足・楽豊堂(目黒線洗足駅から徒歩1分)

【内容】
仝譴蠕写澄愬鯏鰆犹劼糧訶訴幻世砲茲訐写澄
解説と真言マントラ等の共有
D床顱淵廛献磧

【申し込み】楽豊堂・川島まで
 kawashima.seitai@gmail.com

☆文責 りゅうとく★
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(=◎・◎=) 
ご愁傷様です。
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お彼岸【霊学継承者の御帰幽と佛僊神真の出現】

  • 2014.09.26 Friday
  • 10:00
お彼岸の最終日

【霊学継承者の御帰幽と佛僊神真の出現】

◎佛僊神真(弥陀観音さま)の御出現

今日は秋のお彼岸の最終日である。

朝、晴れ渡った青空を見ると一つの雲があった。まさに日本晴れの空に不思議な雲が浮かんでいた。

惜しかったのは写真を撮ることが出来なかったのです。
(ボーとしていたのと、あまりに勿体なくて撮り損ないました!)

そこで描いてみたのが、下のイラストである。



お彼岸最終日の平成26年9月26日(金)早朝出現した佛さまの雲
(※イラスト・川島金山)


雲の下の部分が「下界を見おろし合掌する佛僊」の姿になっており、雲全体が神々しく光っていた。
(※頭部が阿弥陀佛で合掌する手が観音様)

イラスト画なので黒くふちどりを書いて表現したのではなく、実際の見た目が画のようになっていて、黒ふちで佛の輪郭を描いたようになっていたのである!!

まったく不思議であり、じっと見ていると『弥陀観音(みだかんのん)である』と脳裏に(直感的に)言葉で伝わってきた。



慰霊折形をもってご供養した

神法・神術あるいは佛僊系統の供養法(くようぼう)でも、あらかじめ産土神(司命神)に祈念しておくことが、一番の秘訣(コツ)である。

神に通じるの一番の近道(実際近道は無いのだが・・)は、『天津祝詞』を奉唱することである。『大祓祝詞』ならば尚よい。『最要祓』に『天津祝詞太祝詞秘辞(あまつのりとのふとのりとごと)』を加えてやるのも上である。

なぜかという霊術的な意味もあるのだが、それは各自考え理解していただきたい。

それと審神者(サニハ)による『霊魂の祓い』を受けてゆくことである。


◎霊学者・渡辺勝義先生の御帰幽


霊学の継承者・故渡辺勝義先生の御勇姿

わたしはご縁のあった方(縁故の者)が亡くなると「霊感的知らせ」によって分かるという能力を持っている。
(※殊に血縁者の場合は「夢の知らせ」によって死ぬ前、死後にまでコンタクトすることがしばしばある。)

15歳〜16歳で仏教に興味を持ち修行に入ったのも、人間の死というものなどに興味があったからである。様々な死者の供養法を学んできたのも「死者の教法」の追求ということに他ならない。

その意味では、生業の指圧抜き圧治療業(治療業)よりも、むしろ「死者の教え研究」のほうが専門だと云える。

いまだに「死者の教え」に関する法術や教理を探求し、深まりをみせている。一生かかっても終わることはないと思う。

9月23日(祝)の早朝もそうだった。例によって霊感的な知らせがあった。調べると霊学者の渡辺勝義先生が9月17日(水)に御帰幽あそばされたという。
(※何というか、意志とは関係なく手が動いたり、或る想念が頭に出てくる、そういう独特な感覚があるのだ!)

HPによれば次のように書かれている。
『渡辺勝義先生におかれましては、平成二十六年九月十七日をもちまして、御帰幽あそばされました。会員一同、ここに謹んで哀悼の意を表し、先生の御霊の安らかならんことを衷心よりお祈り申し上げます。
先生の御辞世 天地の神のまにまに生きてこそ まことの神は見そなはすなり                  
古道學研究会』

渡辺先生は、本田親徳大人(ほんだちかあつうし)の鎮魂帰神審神の法(ちんこんきしんさにわのほう)を受け継いでいた方である。

おそらく之法の施行で右に出るものはいなかったと思われる。まったく純粋なる霊学の法脈を保っておられたと思う。

晩年に研究会を広く開かれたのも、「神の御心」を忘れてしまった日本人の心、世の荒廃を憂い、世直しのための「大和心(やまとごころ)」の発露であったと拝察する。
(※著書を宮内庁の要請により皇室に奉献したと聞き及んでいる。)

霊学の血脈は、本田流の鎮魂帰神法において「転霊の秘事」の達人であった、佐藤卿彦先生からきている。本田親徳翁、長沢雄楯翁(ながさわかつたて)、佐藤卿彦先生(さとうあきひこ)と続く継承者の正系法嗣である。

佐藤先生(本名・佐藤隆)には、他に数名の審神者(サニハ)のお弟子さんがいるのであるが、わたしの観たところでは、渡辺先生は1ランク違う「神界出入の境地」の悟りをひらかれておられたと思う。率直に言って他の方々は、渡辺先生の行・学の力には遠く及ばないと思う。
(※審神者と書いてサニハと読む。霊学の允可を受けた免許皆伝者のことでもある。)

しかし、これらから来るであろう「霊的時代・叡智の時代」に、師のような霊学の大家を失ったことは、吾が国の(霊学研究上)大いなる損失である。

だがである・・・、「失うことは得ることにつながる」という真理を諸人はいまこそ思い出さなくてならないと思う次第である。

この記述をお読みなった方で志ある方は、産土の神に祈請して、霊学の先達である渡辺先生の神界での御冥福を、衷心より祈って頂ければ幸いだと存じます。

一句うかびました。

神よりの命(みこと)を持ちて現世(うつしよ)の  務めをはたす日々の吾れなり
《読み手・かわしまりゅうとく》


今度は弥陀観音さんの登場かー!! 知らせって「死者の心」が伝わってくるということなのかぁー? おしえてよ〜!

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