江ノ島信仰【日蓮上人 龍ノ口の法難(2)】

  • 2012.12.26 Wednesday
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江ノ島信仰【日蓮上人 龍ノ口の法難(2)】 





ある運命鑑定を生業としている研究者の著述から、日蓮上人の事跡をみてみよう。

日蓮は、承久4年2月16日生まれ。

法華一乗、『南無妙法蓮華経』の題目による衆生救済を決意したのが、建長5年4月28日。日蓮の月の凶運期。

この因縁をもって『法難』は約束されたという。

この月に広宣流布(こうせんるふ)の宣言をされたことに、日蓮生涯の『法難』の原因があると説く。それによって「本化上行(ほんげじょうぎょう)」の自覚が得られたのかもしれないが、あまりにも苛烈(シビア)である。

建長6年、鎌倉で辻説法開始。瓦や石が飛んできて、早くも凶運期の影響が出る。

文応元年7月16日。日蓮の本命星・大火星と巡り来る星宿・鶉火星(しゅんかせい)の冲(ちゅう)する凶日。この日に、『立正安国論』が鎌倉幕府に提出された。

その結果は8月27日、松葉ケ谷の焼き打ちとなった。

弘長元年5月12日、日蓮は伊豆に流され、爼岩(そがん)の上で襲いくる激浪のために生命の危機にさらされた。この日も、本命星・大火星と星宿・大梁星が激突する最悪の時だった。

文永元年11月11日、小松原において、東条景信に襲われ、日蓮は額に刃傷を受けた。この日もまた、本命星・大火星と巡り来る星宿・鶉火星のぶつかる凶日。

母の死去が、文永4年8月15日で、凶運期の日。

翌年の文永5年の春から2年間、大凶運期の年廻り。この最中に、執権はじめ極楽寺の良観などへ激越な書状を11通発す。

これが原因して3年目の文永8年9月12日。この日、伊豆流罪法難と全く同一の本命星・大火星、星宿・大梁星激突の大凶運日。推命でいう、「天剋地沖」である。

さすがの日蓮も龍ノ口の土牢に入れられて、死を覚悟した。「八幡大菩薩はほんとうに居るのか。何処にありや」との旨の言葉を馬上から叫ぶ。

しかし、日蓮は江ノ島方面から発せられる光(一説の落雷という)により、奇跡的に死罪を免れた。

これが世にいう、「龍ノ口の法難」である。

この後も、大凶運期の星宿の激突が度々つづく。

これが日蓮上人でなければ、とっくに生命はなかったと思われる。

おもしろいのは、日蓮という人は、よく暦の読み、すなわち28星宿というものの見方をも遺している。日蓮宗では独特の妙見菩薩(北極星)信仰が篤かったりする。

また、木剣という法具を用いたところの祈祷法も充実している。密教以外では(仏教系のなかでは)おそらく日蓮宗が最勝の呪力をもっているものと思う。

『龍ノ口の法難』の場所は、昔から斬首の刑場であり、ご神意によって、それは為ったものであるという。

『五頭龍神』のご神示によって、ここにて罪人の血を流せば(つまり斬首せば)、必ず世の為になると。

だから元々ここには『龍口明神社(りゅうこうみょうじんしゃ)』が奉祀されていたのである。現在その社は西鎌倉にある。

不思議なことに、龍口にゆき参詣すると、首が強くなる感じがするのだが、少し痛くなるのは妙である。

この寺には、上人が斬首されそうになったときに座ったという『敷皮石』が奉安されている。(※上の写真)

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