大日如来顕現【太陽の輝く霊夢のこと】

  • 2013.01.08 Tuesday
  • 00:00
【(1)太陽の輝く霊夢のこと】 



昨日の早朝に、太陽の輝く霊夢を見たとわたしは述べた。

それは以下のような情景であった。

『・・・或る高僧ラマの講義に出る予定であったが、わたしは予定を変更した。夢について語り合うという集会に出ることにした。そういう話の流れであった。そしてわたしは、五階立てくらいのビルの屋上にゆき、夕焼けを見ようとした。西のほうの空を見ると、雲が立ち上がり、真っ赤な夕焼けが見えて、それはこの世のものとは思えないほど美しいものだった。思わずわたしは携帯電話で撮影しようとしたが、操作している間に夕焼けは色が薄くなってしまった。とても残念に思い、目を眼下の町のほうにむけると、そこには神々しい太陽の輝きがあって、周囲には地平線から地平線に大きな虹のような光の半円があった。光が針の如く放射されていて、こんな光は見たことがなかった・・・』

【(2)大日如来顕現】

『・・・わたしはさらに観察した。光は確かに太陽のようであるが、形が座っている仏像のような形になっている・・・』

『・・・そう、大日如来の形なのである。そのときにわたしは、これは大日如来であり天照大神なんだと感じ、その場で礼拝した。そのときに大日如来(天照大神)の光は、いや増しに増したのであった・・・』


以上が、細かいことは省いた、霊夢の大要である。

【(3)塩川の神様】

塩川の神は、確かに龍蛇体の尊格であるが、祭神は天照大神。これは事実だと思う。少なくとも、ご眷属が干渉しているのだと考えている。

天照大神は高いご神格なので、そう簡単に感応などはしないし、現形(げぎょう)顕現もしない。

尊形としては、大日如来の変化身である『雨宝童子(うほうどうじ)』として奉祀するのが至当と、わたしは考える。



一昨日(1月6日)の滝行で、わたしはこのお滝の岩場によれる神が今もおわすならば、どうか顕現してください、身命に賭しても、その顕現あらば、命をかけてその道と教えを世の中に伝えます、そう神明に祈ったのであった。

その後、わたしたち一行は「江ノ島淵」に行った。

年末年始に特別な祈願をした祈願札の回収するために趣いたのである。

到着して淵前にて勤行を捧げ、江ノ島近辺で摂れた海塩を聖淵に奉献供養することもできた。もちろん祈願札は回収したのであった。

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