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    大司命節前夜祭(上)【大自然は神意の現れである!】

    • 2014.10.07 Tuesday
    • 12:00

    大司命節前夜祭(上)

    【大自然は神意の現れである!】


    木曽御嶽山の噴火

    ◎書くべきこと考

    書くべきことはたくさんあるが、この頃は要件がありすぎていちいち書くことができない。

    いま考えいることや研究の過程など、実におもしろいことがあるのだが書く時間がない。

    ブログで書くことは、日常の思索研究の一滴にすぎない。


    ◎自然の脅威(1) 木曽の御嶽山の噴火

    木曽の御嶽山は「御嶽(みたけ)信仰」のメッカといってよいと思う。

    祖先が御嶽山(おんたけさん)の麓で教会をやっていたというご婦人を知っているが、生まれてきた子供が神界からの転生者で、子供のうちに亡くなり後に神界に入り成長して神様の姿で出現したという話しがある。

    木曽の御嶽山の御嶽教というものの実体はよく分からない。実際のところは情報が開示されていないのである。おおよそのところしかわたしにも分からないが、神仏が習合した信仰であることは間違いなく、富士仙元信仰も含めて、山の信仰、修験的な修行道であることは事実だと思う。

    武州御岳山(ぶしゅうみたけやま・奥多摩)も同じ系列のお山であるが、すでに元来の修験の要素はない。神社本庁に鞍替えして御岳神社を名乗っており、作法も神社本庁のものであり、密教や修験道の行法はもはや存在しない。したがって奥多摩の御岳山には法力・霊力のある本物の行者などは存在しない。普通の神職(御師?)のみである。

    沖縄にも御嶽(うたき)の信仰がある。聖地のことを御嶽=うたきというのだ。独特の巫女がいて、それを「ノロ」という。ノロは「祈る」に通じている。また「ユタ」という霊媒巫女もいる。稀だが今でも本物がいる。



    大正時代の木曽御嶽山頂上の御神座・御神像

    木曽の御嶽山の「御嶽大神」とは、国常立神・大己貴神・少名彦神の三神合一したもの金剛蔵王権現などを一体化したものを、これをさすのであろう。まさに神仏一体である。この神仏一体の力を山岳・自然に見立てたもの、それが御嶽信仰の土台だと思う。

     
    木曽御嶽山頂上の御神座・御神像(噴火前と噴火後) ※御神像の首が無くなっている

    今回の噴火で御神像の首が飛んだ。噴火の落石が直撃したのである。

    多くの犠牲者が出て、いまだ発見されていない方も多くいる。心から哀悼の意を表するものであるが、噴火・落石・火山灰降下は御神意であると思う。

    真の霊学者・渡辺先生がご帰幽あそばされ、御神意を正確によめる方も少ないが、わたしはあえてこれを直言するものである。



    台風18号での大波(浜松)

    ◎自然の脅威(2) 台風18号『成田山横浜別院の被害』

    昨日の台風18号をめぐる被害は大きな爪痕を残した。

    中でもここで取り上げたいのは、成田山横浜別院の崖崩れ事故の件である。



    昔の成田山横浜別院

    昔の横浜別院は風格があった。ここはわたしの実家の近くであり、高校生のときには毎朝通ってお経をあげた。時には当時あった「水行堂」で水垢離などを行なったところだった。

    わたしが気合を入れて、水行などやると当時のそこにいた方が、行が終わると慌ててお茶やお菓子など出してくださるということもあった。子供みたいな若造が1時間近くも水行をやっているから驚いたのであろう。

    本堂の下のほうに今回崖崩れで潰れた堂がある。ここは不動明王の御堂で祈祷する道場だった。本堂は大改築して、崖を大きく削り今までとは全く違う建築の道場になる予定で、現在建設中だった。



    崖崩れで倒壊した別院の御堂

    先般、成田山横浜別院に行ってみると、境内の下のほうにある御堂のところにあった、(先に述べた)「水行堂」は無くなっていた。

    そこには寺務所受付が出来ていて、お守りなどが沢山陳列されていた。

    その昔を知っている者からすれば、俗っぽいことこの上ない、まるで密教の不動霊場ではなくなっていた。

    潰れた御堂の横には「福徳弁天池」があり、この池は無事のようである。(※弁天社があり、池には無数の亀がいる)

    成田山横浜別院は横浜の海の指呼にあり、此処の弁天様はそのことを象徴している。この弁天様の池の横にあった「水行堂」はその意味で重要だったのである。

    また、野毛の界隈は「水商売」が盛んであり、行者は水を制する必要があるのである。

    この頃のお若い坊さんは、そういうことは全く分かっていないし、そもそも土地の歴史を知らない。そのうえ秘伝にもなっていないような修行みたいなものをやったところで、僧籍やら神職のお免状をもらえるだけで、何の法力・霊力もないのである。

    地元も専門職も、信仰自体が衰えているわけだ。


    ◎大自然の脅威から派生した事件事故は御神意の現われである

    大自然の脅威、それに伴った事故や事件は、御神意の現われだとわたしは考えている。

    今回の「御嶽山の噴火」、台風18号による「成田山横浜別院の崖崩れ事故」、これらは『大司命節』前夜の御神意の表現であると思う。

    日本の人々の信仰、神佛・大自然への畏れ、こういったものはどこへ行ってしまったのであろうか?

    日本人はここ20年・10年・5年で、大きく変わってしまった。『親孝行』『敬神崇祖』この教えの中に日本人のあり方がある。

    春秋のお彼岸・お盆・月命日の先祖供養、朔日・十五日の産土神社の参詣、そういう祭事を多くの日本人が等閑(なおざり)にしている。

    これは様々な形で返ってくるものである。


    ◎大司命節がはじまる

    毎年言っていることだが、10月9日から『大司命節の幽事』が神々のあいだで行われる。生きている人間のみならず、帰幽者ですら、その「運命」が改定される。境涯が一新されるのである。

    そういう意味で『大司命節』前の事件や傾向は非常に重要である。一つの結果であるからだ。


    ことしも『大司命節』のはじまりだね〜 何事もくりかえしが必要だっていうけど司命節もそうなのかぁ〜 続編では何が出てくるんだろー! 

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