竜徳霊諭【神通秘道を示す(47)】

  • 2017.03.15 Wednesday
  • 00:00

 

竜徳霊諭【神通秘道を示す(47)】

 

 

琵琶湖面に浮かぶ朧月を観る紫式部

 

 

◎「源氏物語の魔術」序説 併始め)

 

 

「水晶球の魔術」と題して記事を書いてきましたが、これから全五回で「源氏物語」の魔術を試みに書いてみたいと思います。折角、石山寺の関係から琵琶湖のことや「源氏物語」のことが出てきましたので、もう少し突っ込んで述べようと思ったわけです。

 

水晶球の魔術から離れて、様々な秘話を交えて著わしておきたい、こう考えたわけです。

「源氏物語」をみますと、非常に宗教的な要素が茶飯事に出てくる。これ抜きには物語を理解することが出来ない。わたしはそう思います。当時の常識を鑑みて、さらに宗教儀式の要素も踏まえてこそ物語全体を理解できる。そういうことだと思うのです。

 

この作品までに様々な物語がありました。徒然草は「をかし」を表現していますが、源氏物語は「もののあはれ」だと本居宣長大人は申しました。この寸評は後世に多大な影響を与えました。「もの」はすべての物、森羅万象であります。「あわれ」は哀れでもありますが、感情の一切をあらわしているのでしょう。

 

魔術的なわたしの解釈では「物」とはそれに付着せる、深い心理(クセ、怨念、潜在意識、執念)それを物と呼んだのだと思う訳です。つまり「物の怪(もののけ)」を語る、だから「物語り」なんだと。「光源氏にまつわる“物の怪”を語る」、それは愛情であり、愛憎であり、恋愛であり、愛欲であり、純愛・異常愛である。先ずこの角度を知っておくことが大切です。

 

前にも書きましたが、紫式部は『紫式部集』で次のように侍女と歌を交わしています。

紫式部 「亡き人に かごとをかけて わづらふも おのが心の 鬼にやはあらぬ」

          (返し歌)

 侍 女  「ことわりや 君が心の 闇なれば 鬼の影とは しるく見ゆらむ」

 

心の闇(呵責など)が「鬼」であり、「物の怪」は「心理作用」だと述べ、霊的作用ですらそれは心理現象ということができるのだということです。「霊的作用=生霊(いきすだま)=物の怪」ということになります。「源氏物語」では五十一箇所に“生霊”の記述が出てくるわけです。これを元にして魔術としての「源氏物語の魔術」の序説を述べることにしましょう。

 

物語の作者、紫式部は石山寺に七日間参籠するような方ですから、当然深い信仰をもった仏教の篤信者だったわけです。仏教の教義という事も含めて一番大切なもの、それは何でしょうか?わたしのこのレアなブログを見ている貴方ならすぐに分かりますよね。

そう、それは「三宝」です。

 

(つづく)

ーーーーーーー

 

「鬼髑髏(御神桃)の首掛け御守り」の頒布受付終了!

 

【お知らせ】

回、鬼髑髏お守りをお申込みになれた方、全ての方にお守りをお渡しすることに致しました。追って各位にご連絡いたします。

 

『鬼髑髏(御神桃)の首掛け御守り』は、首に掛くる仕様で、常時携帯する御守りになっています。このお守りの中にお金の集まる護符板も封入します。ただし届いたら必ず身に着けること。もし身に着けない場合は神棚に丁重に安置すること。同封する護符は富貴を集めるものですが、粗末にすると逆の作用が出てきますから取扱い要注意です。

 

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM