密教【摩訶般若波羅蜜多心経の大功徳(80)】

  • 2019.11.12 Tuesday
  • 00:00

密教【摩訶般若波羅蜜多心経の大功徳(80)】

≡ 摩訶般若「釈迦直々の教説」❷ ≡



◎縁起偈は舎利子(サーリプッタ)が受けた教えである


先回の記事で、摩訶般若波羅蜜の元であるとして、私は縁起偈を紹介しました。

縁起偈は法身偈とも言います。以下の通り。
『諸法従縁生    如来説是因    是法従縁滅    是大沙門説』

(※しょほうじゅうえんしょう  にょらいせつぜいん  ぜほうじゅうえんめつ

ぜだいしゃもんせつ)


この意味は、
「諸法は(因)縁より生ず、
如来は是の因を説きたまう。
諸法に滅をも是く、
大沙門は是のように説く。」

です。
(※「諸法は因により生じる、如来はその因を説きたまう。
諸法の滅をもまた、大沙門は是のように説きたまう。」)

これはいわゆるお釈迦様が説いた「縁起の法」であり、原始仏典の『自説経』には、
『此があれば彼があり、此がなければ彼がない。
此が生ずれば彼が生じ、此が滅すれば彼が滅す。』

と記されている。

この縁起偈というのは、「縁起の法」という教えですが、

要するに「四聖諦」を説いたわけです。誰が説いたのかというと、

佛弟子のアッサジ(阿説示)が舎利子(サーリプッタ)に示したお釈迦様の教えです。


アッサジは最初期の佛弟子で、五比丘の一人です。お釈迦と五比丘で、この時

六人のアラハン(阿羅漢)が在世したと言われています。涅槃ニルヴァーナに入った僧が

六人のいたわけです。しかしこれはすごい事ですね。お釈迦様が仏陀になられた。

その佛様が五人を指導したら、五人全員が涅槃に入ったというのです。


サーリプッタは後に智慧第一と言われる大聖者です。友人の目健連(モッガラーナ)は

神通力第一という程の佛弟子になった。ゆえにマハー・モッガラーナ(大目健連)とも

称されています。で、この二人はお互いに真の覚りの教法をどちらかが得たら真っ先に

教えよう という約束をしていました。ある時、サーリプッタが托鉢している僧を見かけ

ました。その作法がうるわしく、本当の覚りを得ている人がいたら、まさにこの人は

そのお弟子であろう。そう思わせるものがあった。そこで托鉢を邪魔しないように

街はずれまでついて行き質問した。

あなたの作法はうるわしい。あなたにも先生がいるのでしょうが、その方はどういう

教えを説かれているのですか? と。

アッサジはためらいましたが、言葉を選んで後に、縁起偈となる教えをサーリプッタに

示したのです。要するに四聖諦を説いたのです。するとサーリプッタは、聞き終えて

「法眼浄」を得たというのです。つまり「七来の聖者」になった。四諦(苦集滅道)で

各4ですから16相、最短の16秒で聖者になった。今度は、この教えをサーリプッタは

友人のモッガラーナに同じように述べた。するとモッガラーナも即座に「七来の聖者」

になった。

二人はこの後、師であったサンジャヤという人のもとを去り、自分を慕ってくれている

修行者たちに本当のことを述べて、後は自由にするよう言い渡した。すると250人の

修行者がサーリプッタとモッガラーナについてゆき、お釈迦様のお弟子になりました。



◎なぜ大乗・摩訶般若等が出現したのか?


前回の記事で  『釈迦の教えとはこれだけです。ではなぜ、大乗とか摩訶般若が出て

くるのか? これは大きな問題ですが、学問・学碩で考えたら答えは出ません。

せいぜい極論すれば「大乗非仏説」ということになります。ですが、信仰上・修行の

上で解いたら、簡単に答えは出て、大乗仏教・密教の必要性が分かります』 と述べました。


歴史的に見れば、原始仏典以外はお釈迦様の言葉ではありません。ですが、釈迦の教えが

文字化されたのは随分経ってからです。原始仏典と言っても全てが仏陀在世のものでは

ありません。言葉もお釈迦様はマガダ語を使っていましたが、仏典はパーリ語もしくは

サンスクリット語で文字化されています。


またお釈迦様の直弟子以後には、論師によって教えが分別されました。この仏教を

部派仏教と言います。分別によって「縁起」の解釈が問題になってきました。

部派仏教の誤れる縁起論に対して「色即是空 空即是色」を説いたのが般若心経であり、

ナーガルジュナ(龍樹)の『中論』でした。これが大乗仏教のはじまりです。


部派仏教の縁起(空)は、人間にだけ当てはまるもので、その他の事物は存在すると

したのです。物質は存在し変化している。人間は変化もしているが涅槃に入れる。

存在を認めた縁起空、これを誤れる空だとして、「大空」を説いたわです。

だから「色即是空」なのです。ゆえに部派仏教の延長線上のスリランカのお坊さんは

「色即是空」を認めません。すなわち大乗仏教を認めません。

般若心経が「無苦集滅道」と表記しているのは、部派仏教の「苦集滅道は無い」と

言っているわけです。


「摩訶般若」は「大智」と漢訳される。大乗の智慧、大乗の空智ということです。

我々が祈願して叶う、これは「色即是空 空即是色」だから自在にものが叶うのです。

だから体験的に摩訶般若波羅蜜が正しいと分かる。大乗の教えは、歴史的に見ても

分かりっこない。体験的に見れば簡単に分かる。これが正しいと理解できます。
(つづく)

ーーーーーーーーーー

〔『摩訶般若波羅蜜多心経 小経本 印施の募集』〕

来年2020年(令和二年)摩訶般若の功徳を込めた小経本を作成し、広く布施行を

おこないたいと思います。ご協力頂ける方を募集します。詳細は後日発表します。

kawashima.seitai@gmail.com までご連絡を。

川島徳慈しるす

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