密教【葉衣観音菩薩の大功徳㊱】葉衣観音護摩法について

  • 2020.08.03 Monday
  • 00:00

密教【葉衣観音菩薩の大功徳㊱】


葉衣観音護摩法について



◎葉衣観音息災護摩供次第

息災護摩の一法である。葉衣観音法と別立てで行うか、合壇で行うか、どちらでも良い。
基本的に五段護摩であるが、約めて三段護摩で修することもできる。

薪に舎彌佉(キムシュカ)を使うとの記述も「葉衣観音経」にある。

第一 火天段、第二 部主段(孔雀明王 或いは正観音、馬頭観音)、第三 本尊段(葉衣観音)、
第四 諸尊段(吒枳王 並びに二十八大薬叉 或いは三十七尊)、第五 世天段(不動十二天)
ということになる。

◉入護摩、大日加持、部主加持、本尊加持、三平等観、芥子加持、
〔第一火天段〕火天印言、念珠を取り火天小咒を誦すること百八返、
丸香・散香・花鬘を次の如く炉の傍らに取り置く、鈴杵取りて左の机の丸香等の跡に置く、
三鈷を取て左の手に持つ、右の机の塗香と加持物とを次の如く炉の傍らに取り、
二十一支の乳木……、あとは「不動護摩」に準ず。
ーーーーー
〔第二部主段〕孔雀明王、或いは正観音、馬頭観音である。
辟除・結界には、馬頭観音がよい。息災には正観音。伝染病に対しては孔雀明王が
よいであろう。孔雀は毒に侵されないからである。
これも「不動護摩」等の部主段に準ず。
ーーーーー
〔第三本尊段〕当然、葉衣観音である。護摩法としては小咒を通用するが、大咒を密用
するところに妙味がある。「勧請本尊」は、自身観、自加持、炉中観 等々あるわけだが、
ここで大咒を通用することができるかどうかで、効験が違ってくる。
乳木百八支で、煩悩を焼き尽くす観、特に百八支を縛っている結緒(ひも)も炉中に投じて
焼き尽くすが、この結緒というものを考えないといけない。煩悩を纏めている、それは
煩悩そのものなのであるが、二元論的な見解に繋縛する、端的なもの、分かりやすいものは
「緊張」である。リラックスすることが大切なのである。



◉テクチューというダルマ
リラックスという言葉が出てきたので、このことについて、述べたいと思う。
緊張するということは、常に二元論的な見解に陥っているということである。
煩悩の見方から脱却できない。緊張元はこういうことである。
護摩法においては、「百八支」の乳木の焚焼がある。火を智慧の「火」と見立てて、
その「般若の火」で煩悩を焼く、火炎の資糧(燃料)にしてしまうのである。
考えてみれば、これは非常に観念的な儀式である。こんなことで、煩悩が滅尽するので
あろうか?   多分この儀式だけでは無理だと思う。
後で詳しく説明するが、内観的な護摩(理護摩法)が非常に重要になる。
だが、これだけではまず無理だ。もう一つの護摩法があり、これが護摩の真髄である。
先の乳木百八支だが、これを1束に纏めている紐がある。
言わば緊張し、固めているのは、この紐何である。この紐を断ち切る。
そうすると木の束は、バラけてしまう。「木の束」を「シンテク」という。
シンが「木」、テク「束(ねる)」。
チベットの密教の奥義のダルマに「テクチュー」というものがある。
24時間、途切れることなく「あるがまま」という境地は、このテクチューを
指している。テクとは「(緊張の)束」、チューとは「切断」。
なんか「意識を切断」するみたいに言うわけですが、「束ねている緊張を断つ」、
完全にリラックスする。これが「テクチュー」というダルマです。
テクニックでやろうとすると大したテクチューにはなりません。
多少、頭がいい(お勉強ができる類い)なんていうものを くっ付けていると、
これも大したテクチューはできない。自慢・高慢は大敵。これはダメ。
テクチューとか言っても、こんなのが多い。
深い帰依・慈悲がないと本物のテクチューなんてできない。
命の危険を感じる中で、立ち上がってくる「菩提心」をつかまないと難しい。
修行というものは、自分のためにやってうちは本物ではない。そんなことでは
仏教の「ブ」の字も分からん。それなのに本を書いたり、講演したりしておる。
世も末、法も末じゃ。これが本当の末法だ(笑)
我々は、本当の「大慈悲心」を得にゃあならん。真の大慈悲を廻らさんといかん。
これを幸い得たら、これを「テクチュー」に練りこむ。そうすると磐石な
達磨のテクチューができる。私の、密教においての秘密の名前は、このことに
由来する名であるから、これには熟達しているのです。



ーーーーー
〔第四諸尊段〕通常は金剛界三十七尊。この護摩法では、吒枳王並びに二十八大薬叉と
なっている。『葉衣観自在菩薩経』の講義で、「鎮宅結護の法」を解説したが、護符を
貼付する法の守護尊が、28尊の大薬叉である。

◉護摩法の『自身観』を示そう、
「観想せよ、心月輪の上に ウン字有り、変じて五鈷杵と成る。変じて 吒枳王と成る。
三面 各々 三目六臂有り、冠の上に化佛在す。正面笑容して、左面は黄色にして、顰眉
なり、右面は白色忿怒の相にして、唇を噛み 身青黒色にして、日輪の円光あり。
左右の二手は本印を結び、右の第二の手は金剛杵、第三の手は箭、左の第二の手は般若経
、第三の手は弓をとり、足は蓮花を踏み 立舞勢の如し。又、二十八のウン字有り。変じて
吉祥果と成り、変じて二十八大薬叉と成る」(印契・弥陀定印)

◉次に二十八大薬叉の和名を記しておく。四方・四隅・上・下に夫々四薬叉を観ず。
❶(東方)長大、善根、円満、黄色
❷(南方)師子、小師子、螺、栴旦、
❸(西方)師子、師子髪、自在、青色
❹(北方)能持、持葉、勤守、天名
❺(四隅)有五、五処、五可畏、平山
❻(地上)地、妙地、黒、小黒
❼(地中)日、月、火神、風神
◉(印契・降三世の印、もしくは大薬叉印)

「顰眉(ひんび)」とは、眉をひそめること。つまり眉間に皺を寄せることである。
不機嫌な時の様相である。
「立舞勢の如し」は、立って勢いよく舞う様である。
「二十八ウン字有り」は、七方に4尊ずつ(合計28尊)、自身を中心に、ウン字を種字として
観想する。ウン字が変じて、吉祥果(きちじょうか)と成る。この果物が大薬叉に成る。
吉祥果はザクロで、葉衣観音の「三摩耶形(さんまやぎょう)」、覚りの象徴的な形相だ。
であるから、葉衣観音は、葉衣仏母(ここで言う吒枳王)に変化して、薬叉(ダーキニー)の
功徳を及ぼす。少し形相は違うが葉衣吒枳王は、葉衣仏母とほとんど同じである。
三面三目六臂で、弓箭を持つ。チベットの葉衣仏母と持ち物が少し違うが、
葉衣吒枳王は、葉衣仏母であり、本体は「葉衣観音」だということだ。

吒枳王(ダキ・ラージャ)は、愛染明王だという説もある。よく分からないのである。
愛染明王は、チベット密教の最古の密法、『プルパ金剛』の十方の眷属尊の一尊でもある。
後期大乗の密教でも、後期密教に属するのが、愛染明王・吒枳王なのである。

『吒枳忿怒明王。瑜伽大教王經卷二に依る。十忿怒明王經所載。
またの名を降三世明王、金剛王、愛染王、平等王、閻魔王など同体異名である。
或いは密教の諸尊忿怒身の名である。その形像は三面で、各面に各々三目あり、
共有六臂、頂冠上有佛、正面為笑容、右面為黃色之顰眉相、左面為白色之咬唇
忿怒相、全身有青雲色日輪圓光、左右第一手結本印、右第二手持金剛杵、第三手
持箭、左第二手持般若經、第三手持弓、足踏蓮花、立如舞姿。種子はフン或いは
タ。瑜伽大教王經卷四に記載。其の印契は二拳相背、右拳在上、二小指相交如鏁、
二食指豎直、作降伏勢、即一般之降三世大印。真言は オン ダキ ウン ジャク。
(佛光辞典より  川島徳慈 訳出)』
であるから「葉衣観音息災護摩法」の第四段の観想の根拠は「瑜伽大教王経」であり、
チベット密教と同じ根拠なのである。故に、吒枳王は「葉衣仏母」ということになる。

"葉衣佛母吒枳王" あるいは "葉衣吒枳王母" というべき尊格である。
ーーーーー
〔第五世天段〕四臂不動、十二天、七曜二十八宿
これは通常の護摩法と同じである。「葉衣観自在菩薩経」の中で「陵逼」「陵犯」について
の法があると説かれている。星宿の災いを避ける祈祷攘法が示されているが、護摩法の
第五段に、法として組み込まれている。

十二天、七曜、二十八宿など供養した後、
「次、行者・施主の『四宿星宿』」とある。
❶本命星   生まれ年の七星
❷本命曜   生まれ年の七曜
❸本命宿   生まれ日の二十八宿
❹本命宮   生まれ月の十二宮
該当する本命星宿曜を供養する。これによって禍福転換できる。
以上、葉衣観音息災護摩法(五段護摩法)の大綱を示した。

ーーーーー

以上、五段の次第を大雑把に記した。専門的にやっている方には充分に伝わったと

思います。どこぞの大徳に、この次第を平滑ならしめ諸々の密教者に裨益の便を図って

頂ければと存じます。


次回、護摩の工夫など細々述べたいと思います。

では皆さま、葉衣観音菩薩、葉衣吒枳王母を念じましょう。


【葉衣十句観音経】

葉衣観世音  南無佛

与佛有因  与佛有縁

佛法僧縁  常楽我浄

朝念観世音  暮念観世音

念念従心起  念念不離心


オン ピサチ パルナジャバリー サルワ ゾラ プラシャマナイェー ソワーハー(リンポチェ伝)

おん はらな しゃばり うんはった(葉衣観音真言・八葉印)

おん だき うん じゃく(吒枳王真言・降三世印)


川島徳慈 記す

ーーーーーーーー

◉令和2年8月9日(日)午前中に、念力疎通「葉衣観音 遠隔祈願会」を行います。

詳しくはこちらをご覧ください→ http://shizenfukuchi.jugem.jp/manage/?mode=smp_write&eid=1062

合掌
ーーーーーーーー


◎新型肺炎コロナに対応する対応の『観音功徳聚』

→   http://shizenfukuchi.jugem.jp/?day=20200410  (ここでご覧になれます)


※ 葉衣観音(葉衣仏母)のマントラ。延命十句観音経などの集成。


◉ 葉衣観音  オン ハラナ シャバリ ウン ハッタ (八葉印)

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密教【葉衣観音菩薩の大功徳㉟】葉衣観音護摩法と滝行氣合法

  • 2020.08.02 Sunday
  • 00:01

密教【葉衣観音菩薩の大功徳㉟】


葉衣観音護摩法と滝行氣合法


◎「葉衣観自在菩薩経」に説く "葉衣観音護摩法"


國訳 葉衣観自在菩薩経では次のように説いています。
『又の法。若し人疫病せば舎彌佉木を取り火を然して、然して後牛酥を護摩し人髪人骨等を
護摩し、投ずること一百八遍し、火中に於て焼き、七日已來毎日葉衣観自在菩薩を供養し、
護摩の時ごとに彼の國城の名、聚落の名、村坊の名を稱せば一切の災難悉くみな除滅せん。
是くの如く象疫・馬疫・牛疫・水牛疫には各の本類の骨本毛を取て護摩を作し、七日七夜
するも亦たみな災滅せん』

日本に伝わっているのは「葉衣観音息災護摩法」です。之の法は五段護摩法です。
「葉衣観音法」を修して、お次第の散念誦のところまでゆき、護摩法に入ります。

護摩法というのは「火の法」で、「護摩」とは梵語の「ホーマ」の音写で、「火祀」という

意味です。ようするに「火による祈願・供養」ということ。護摩というのは密教の真髄で

あって、最高度の法である。

ただし在家者には護摩法はできない。在家で修することができるのは、修験の柴燈護摩法と

煙供である。チベット密教には「煙供(えんく)」というものがあり、これは純粋に煙だけで

供養する方法である。「サンチュー」というのがチベット版の柴燈護摩供である。

この方法の儀軌には長軌(長い仕方の版)と、短軌というショートバージョンがある。

我々シロウトは短い儀軌で充分。護摩法なり、煙供を行ずることで念誦の威徳は、弥や増しに

ますものです。



◎滝行氣合法は「念力」を強化する

私は「滝行氣合法」というものを提唱してきた。お滝の修行というのは、禊ぎという
部分もあり、氣合法の修行という要素もある。一つには限定できないものであるが、
深く修行していると仏天のご加護とか、天候を変化させるとか、そういう不可思議な
通力・神通を持つようになる。「念力」の強化というものがあるのは事実である。

だが一番の収穫というのか、「心の本性」がはっきりつかめるという効用がある。
チベットには「セムジン」という修行法があり、本物の滝行はこれと同じ効果がある。
だがこれは、夏のシャワーの如きやり方では体得することはできない。まさに必死の
一歩間違えば死ぬかもしれないという状況のお滝をやると体得できる。


氣合で流水をコントロールすることができる。これができると護摩法も一ランク違う妙味が

出てくる。私と一緒に入滝して流水の量が変わったことを知る人は何人もいます。氣合を

掛けると水の流れが寸断されるのです。

この氣合で護摩法を行う。例えば葉衣観音の護摩法をやる。
というか、「火祀」の前に「水供・水祀」というものがある。これを「水護摩」と
表現する人もいるが、インドでは沐浴で念誦することを「水護摩」と言うそうである。
護摩が、火という意味なのであるから「水護摩」というのはおかしな話であるが、
おそらく「護摩法の前提が水行だ」という意味と、「護摩を三昧に相通じるという意味」に

釈してのことであろう。

火(ヒ)というのは「霊(ヒ)」につながっている。
水(ミ)というのも、「霊注ぎ(みそそぎ)(禊ぎ)」の「霊(ミ)」につながっている。
火(か)、水(み)で「カミ(神)」。上昇と下降のエネルギー。
護摩の壇には、そのような教えが込められている。
水の結晶、つまり氷は極であるから、これが火をよびおこす。この火を使って護摩法を
行なう。


滝行も護摩行も「念力」を強化する。「念彼観音力」の「念」は、念力であり、

観音菩薩の大慈悲を基にしている。利他の念力、これが「念彼観音力」である。

この一点に凝らした「念」が、葉衣観音の滝行気合法、葉衣観音護摩法の成就に唯一

いざなうものである。


◎"内なる火の行法" (斎(ゆ)を実現する為に)


先般(7月26日)の「遠隔 観音祈願会」では、始まる前に「内なる火の行法」を

行うようにお知らせをしました。以下のような内容です。


「『葉衣観音 "内なる火の行法"』
できる人は "九つの浄化の呼吸法" を行なう。わからない人は数回、濁気を吐く。
整体の邪気吐出法でよい。
端座して、鼻から息を吸い込みながら、火を吸い込むと観じる。
その火を下丹田(臍下丹田)に送って着火すると観じる。(瞬時、保息す)
息を吐きながら、下丹田から火を吹き出すと観じる。
これを繰り返すことで、経絡(全身)が開通してゆくとされている。
身体の下部・基底部に『火』を点けるわけであるが、この観想を遠隔祈願会の最中に
続ける。ずっと想っている必要はなく、火が付いていると思うだけでよい。
祈願会が終わったら、火をおさめて、極々小さくして臍下丹田に収納しておく」


チベット密教には「ナローパの六法ヨーガ」(ナーロー・チュウドゥック)など、

「チャンダリーの火」を点火して行なう、「トゥンモ(内なる火)」などの修行法もある。

トゥンモは、ツモなどとも言うが、今ここに提唱している法は違うものである。


神道のほうに「斎庭」という語がある。斎庭と書いて「ゆにわ」と訓む。

この「斎(ゆ)」は斎えるということで、「湯(ゆ)」に通じている。

私は元素との接点がある時に、その元素に合わせてマントラを念誦する。

外と内の元素エネルギーを統合する、そういうことを常に行うのです。


ですが、この「斎(ゆ)」の考え方は、「トゥンモ」でも、「元素の統合」でもない。

湯(ゆ)は暖かいわけですね。水に火がこもることで、湯になる。ヒトも水分に火が

ある存在である。生きていることは暖かいのです。水と火のバランスが保たれている。

具合が悪くなると冷えてくる。


死ぬと熱が無くなり、肉体は冷えた物質になってしまう。「火(霊=ヒ)が去るぬ」

「火(霊)往ぬる」だから、「ひぬ(しぬ=死ぬ)」という語になる。生命力をあげるには

身体を温めること。そこで「斎場」で「潔斎」をする。火を使うというのは、

そういうことなのです。ですから、産土神は、火の状態を管理監督しているのです。

ここに火と水の穢れ(気枯れ)を一番嫌うのです。ここに竈(かまど)台所を大切にするという

概念が出てきます。


ですから古神道における「火道印」を結んで、

「この火を天の香具山磐村の清火と幸いたまえ」

と修唱するのは、非常に大切なことなのです。

上記の印・秘詞は、清浄利仙全君という高位の神様が、現界の衆生のために下賜された

尊い秘伝です。護摩の火を点火するときも、「内なる火の行法」のときも密用することで

神の世界に通じることができます。

「斎(湯)」とは、即ち「霊魂(たましひ)を斎える(ととのえる)」神佛の法なのです。


では皆さん、葉衣観音菩薩の功徳を念じましょう。


【葉衣十句観音経】

葉衣観世音  南無佛

与佛有因  与佛有縁

佛法僧縁  常楽我浄

朝念観世音  暮念観世音

念念従心起  念念不離心


オン ピサチ パルナジャバリー サルワ ゾラ プラシャマナイェー ソワーハー(リンポチェ伝)

おん はらな しゃばり うんはった(葉衣観音真言・八葉印)

おん だき うん じゃく(吒枳王真言・降三世印)


川島徳慈 記す

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◉令和2年8月9日(日)午前中に、念力疎通「葉衣観音 遠隔祈願会」を行います。

詳しくはこちらをご覧ください→ http://shizenfukuchi.jugem.jp/manage/?mode=smp_write&eid=1062

合掌
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◎新型肺炎コロナに対応する対応の『観音功徳聚』

→   http://shizenfukuchi.jugem.jp/?day=20200410  (ここでご覧になれます)


※ 葉衣観音(葉衣仏母)のマントラ。延命十句観音経などの集成。


◉ 葉衣観音  オン ハラナ シャバリ ウン ハッタ (八葉印)

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当ブログ記事の無断転載引用を禁じます。
引用は自由ですが、引用する際は必ず著者の承諾を得ること。
これは同著者の過去のブログ記事一切(著者撮影の写真も含む)にも適用されます。
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昭和の銭湯終焉へ! ありがとう!さようなら 松島館!

  • 2020.08.02 Sunday
  • 00:00


ありがとう!さようなら 松島館!


昭和の銭湯の終焉へ (令和2年7月晦日)



◎銭湯に入って52年!


庶民の街、港ヨコハマの懐かしい風景がまた一つ消えてしまった。

銭湯 "松島館" だ。

子供の頃から通っていた風景。いわゆる戸部のお寺の裏道を通ってゆくと、

三輪自動車があり、木を焼く匂いがする。そこには街の人が集う銭湯があった。


お寺の裏道には、お産婆さんのK先生がいて、姉も兄もそこで生まれた。

亡き兄が生まれるときに、私の姉は母の横から離れずに、じっと出産を見ていた。

そんな話しをしながら、いつも銭湯にゆく。



その裏街道には数え切れないくらいの話が詰まっている。

私が詳しく話せる相手も既に母くらいしかいない。


横浜のその辺りには、幾つもの銭湯があった。川の湯、ときわ湯、亀起湯。

すでにその銭湯は無い。松島館は由緒ある銭湯だった。あとは記念湯という銭湯しかない。



◎銭湯30円の時代から


私が子供の頃に銭湯に行っていたときには、風呂には三助さんがいた。

お湯にかけ方が独特で、手を添えて直接お湯をかけない。子供心に憶えているのは

直接お湯をかけると皮膚が痛むのだそうだ。手を介することでお湯が柔らかくなると。

高校生のときに合宿で先輩の背中を洗って流したときに、川島にやってもらうと何故か

気持ちがいいと言われた。芸は身を助けるものだと思った。



私たちが銭湯に通っていた頃は、入浴料が30円だった。今は何と470円だ!

小学生くらいになると近所の仲間と皆んなで銭湯にゆく。恒例行事だった。

当時の番台は戦後から開業して松島館の二代目女将だった。


 松島館の最後をかざったのは、三代目の女将さんで、私が子供のときに着替えさせて

くれたりした 嫁いで来たばかりのお嫁さんだった。その人が最後を飾ったのだ!

この三代目のことは母もよく知っているが、私が最後に話した時、息子だということは

気づかなかった。子供の頃から見慣れた三輪自動車のことやら花が咲いた。

(※実際には大正時代からの老舗銭湯で、四代目で終焉となった。)



◎浪花節を謡う


大利根の決斗、清水次郎長(森の石松)等々。私の祖父も父も浪花節が好きだった。

父の葬儀の時に、私が浪花節の一節を唸ったら、父の姉妹が滂沱として泣いていた。

兄は父と銭湯にゆくのが嫌だった。何故かというとデカイ声で浪花節をやるからだ。

学校へゆくと父が浪花節をやっていることを言われるのだった。


私たち兄弟は駆け足が速くなった。運動会では大活躍だ。お父さんが浪花節を謡うという

評判を跳ね返す為、駆けっこはめちゃクチャ速くなって活躍した。やたら足の速い子だと

いう事で評判はきまった。


だが、その父も兄もいない。近所の友達や知人もほとんどいなくなった。

高齢化で街は変わり、知らない人が住む街になった。あと10年15年も経てば、

まったく違う街に変貌を遂げるであろう。その情景が私の眼には映っている。



希望と淋しさ、(経済)活動と自粛。こういうことを心の裡に抱えながら、

私は父が唸っていた、浪花節をうたった。父や兄への供養の気持ち、感謝の気持ちで

声高らかに謳いあげた。


銭湯の男湯にいる人は、私以外にお一人だけだった。

新型コロナ感染の真っ只中、昭和の銭湯が終焉した。

私はお寺の裏道を涼みながら歩き、諸行無常をかみしめた。


かわしまとくじ 記

お知らせ!念力疎通 【葉衣観音 遠隔祈願会】8月9日(日)午前に実施!

  • 2020.08.01 Saturday
  • 00:00

お知らせ!


念力疎通 感応道交


【葉衣観音 遠隔祈願会】8月9日(日)午前に実施!



◎「念力疎通の通力」を持つ!長い闘いに備えよ!


新型コロナ感染の、新局面の大きな波が来ました。


厳しい状況ではありますが、天(宇宙)に通じることが


時代の最先端です!  これは誰でもできます。


これを機会に、天に通じる能力の開発しよう!


「念力疎通の通力」を大いに養ってください!


ーーーーーーーー


◎奇しくも長崎原爆投下記念日の祈り!


1945年8月9日午前11時2分、人類史上2度目の戦争行為の中での、

原爆投下がなされました。8月6日の広島につづき、長崎がその地獄の火の

災禍を被ることになりました。



写真は数年前に五島列島に行ったおり、長崎市内を巡礼し、撮ってきた写真です。

長崎の原爆災禍において、象徴とも言える像ですが、実はこの直上空で原爆が炸裂

したのではありません。ここから少し離れた所が爆心地の直上空なのです。

普段は人もいません。私が行ったときには誰もいませんでした。写真の手前が有名な

「浦上天主堂」の一部を移築したもので、向かって左の塔が本当の爆心地です。

この塔の上空500Mで、悪魔の兵器が炸裂し、多くの方々がお亡くなりになり、心身に

致命的なダメージをうけ、今でも後遺症に苦しんでいる戦災の被災者がいるのです。



わたしは爆心地の直上空の500Mを凝視して、佛・菩薩特に聖観音菩薩に祈りを捧げ

ました。多くの犠牲、人類の業を、戦争の無き世の中を。この同じ気持ちの祈りを

8月9日(日)の午前に捧げたいと思います。合掌


ーーーーーーーー


◉日時: 令和2年8月9日(日)午前9時〜正午過ぎ


場所: 各自ご自宅など随意


内容:『遠隔 葉衣観音祈願会』


◉〔神祗拝 略次第〕※午前9時前に任意で行なう(神拝は ご随意です)。

二拝二柏手、天津祝詞(大祓詞、天津祝詞太祝詞秘辞は任意)

十言神咒(アマテラスオホミカミ)、幽冥神語、天神地祇秘咒、得僊秘文(福壽海無量の神語)

二拝二柏手


◉葉衣観音「内なる火の行法」「葉衣観音 辟除結界念誦法」を 午前9時前に、

前行として行ない遠隔祈願会に臨む。


☆ できる人は「九つの浄化の呼吸法」を行なう。わからない人は数回、濁気を吐く。

整体の邪気吐出法でよい。


☆ 端座して、鼻から息を吸い込みながら、火を吸い込むと観じる。

その火を下丹田(臍下丹田)に送って着火すると観じる。(瞬時、保息す)

息を吐きながら、下丹田から火を吹き出すと観じる。

これを繰り返すことで、経絡(全身)が開通してゆくとされている。


☆ 身体の下部・基底部に「火」を点けるわけであるが、この観想を遠隔祈願会の最中に

続ける。ずっと想っている必要はなく、火が付いていると思うだけでよい。

祈願会が終わったら、火をおさめて、極々小さくして臍下丹田に収納しておく。


☆併せて「葉衣観音 辟除結界念誦法」も先に行っておく。
普通の合掌でも良いが、八葉印で行なう。
(※八葉印は蓮華を意味しているが、これは家を守る垣根・壁柵と見ることもできる。)
自分の法座(仏間)でもよいが、見晴らしのよい外でもよい。観想(イメージ)の中で行なう
ことでもよいが、見通せる場があれば一番。だが他に人には見られない環境がよい。
帰依・発菩提心。葉衣観音の辟除・結界法であるから、先ず観音菩薩を強く念じる。
いつも言うが総論は、観音菩薩。その後 各論で、葉衣観音の念誦に入ってゆく。
できれば大咒(葉衣観自在菩薩根本陀羅尼)を修唱するのがいい。小咒の心真言でもよい。
マントラの効果を出すための秘伝をお教えしよう。
とにかく、根本は動機。帰依と菩提心である。これが全てと言っても過言ではない。
マントラは、一息で三遍以上唱えるのが、悉地の秘訣(コツ)である。(大咒は一息では無理)

葉衣マントラを唱えつつ、ムドラー(印契)を胸の前で反時計廻りで回転させる。
心の中のイメージで、辟除を念じながら、反時計廻りで、マントラを巡らせる。
辟除したい地域に巡らすのである。この時に、風に乗せてマントラを行きわたらせる
ことができれば上等である。辟除というのは、お祓いと思えばよい。邪魔を排するのである。
結界は、守護、柵を張り巡らす法である。
今度は、ムドラーを時計廻りで回転させつつ、 葉衣マントラを唱える。
これは結界である。これもイメージで行なう。マントラを風に乗せてできれば
上々だ。結界は、守護、柵を張り巡らす法である。
意楽に従い、家屋や敷地でもよいし、個人もこれで行なう。マントラを鎖のように

張り巡らすイメージである。だが、遠隔観音祈願会の際は、市内・国内を結護するような

巡らせ方をイメージすること。皆んなでイメージを「結び」ましょう。



◉【遠隔 観音祈願会の次第】午前9時〜


三礼、懺悔文(三反)、三帰三竟、発菩提心真言(三反)、三摩耶戒真言(三反)

心経奉讃文(一反)、開経偈(一反)

南無大慈大悲観世音大菩薩(十反)

摩訶般若波羅蜜多心経(午前9時過ぎ〜10時40分)※出来る限り読誦

延命十句観音経(10時40分〜10時55分)※出来る限り読誦

葉衣十句観音経(10時55分〜11時15分)※出来る限り読誦

天神経(三巻)(11時15分〜 )※三巻終わったら、観音六字咒を開始

観音六字咒ないし七字咒(  〜11時30分) オン マニペメ フーム ※繰り返し念誦

葉衣観音根本陀羅尼もしくは葉衣観音小咒(11時30分〜11時40分) ※繰り返し念誦

葉衣観音小咒(11時40分〜11時50分) オン ハラナ シャバリ ウンハッタ ※繰り返し念誦

葉衣佛母吒枳王真言(11時50分〜正午) オン ダキ ウン ジャク(フーン ザー) ※繰り返し念誦

縁起頌マントラないし法身偈(十反)

光明真言(十反)

南無大慈大悲観世音大菩薩(十反)(正午過ぎ)

祈願文

神仏擁護(しんぶつようご) 功徳円満(くどくえんまん) 衆人愛敬(しゅうじんあいけい)

富貴自在(ふうきじざい)  当家招来(とうけしょうらい)  福徳無量(ふくとくむりょう)

諸願成就(しょがんじょうじゅ)  皆令満足(かいりょうまんぞく) (三唱)

廻向、三礼

已上


観世音菩薩【一切抜苦脱難大事成就符】


◉〔その他〕

ヾ兩げ司郢А岼貔敞感戝ζ饌膸成就符」を奉って行なう。

御自分の祈願は各々念願すればよい。

6δ未竜Т蠅箸靴董⊃祁織灰蹈粉鏡の縁起がよき方向に行くように祈願する。

い申し込みは必要ございませんが、当方に参加の意向を表してくださるのは歓迎です。

( kawashima.seitai@gmail.com まで)

ァ崚型牲弌廾豐は、既にブログにて公開しています。

http://shizenfukuchi.jugem.jp/?day=20200512 

(【延命十句観音経の大功徳(67)】2020年5月12日の記事に掲載。)

Α嵜雪拝」は随意です。やりたい方は行なってください。

読誦・念誦は大きな声を出さなくてもよい。適宜お唱えください。

┐桓分の環境の応じて障碍が生じないように行なってください。

無理せずにリラックスして行なってください。

廻向の前に「祈願文(三唱)」が新たに入っています。

「内なる火の行法」を行ってから臨むこと。

【葉衣十句観音経】

葉衣観世音  南無佛

与佛有因  与佛有縁

佛法僧縁  常楽我浄

朝念観世音  暮念観世音

念念従心起  念念不離心


智慧のダーキニーからの贈りもの!  いつの間にか金文字のテルマ秘字が描かれて

いました!!


ーーーーーーーー


◎新型肺炎コロナに対応する対応の『観音功徳聚』

→   http://shizenfukuchi.jugem.jp/?day=20200410  (ここでご覧になれます)


※ 葉衣観音(葉衣仏母)のマントラ。延命十句観音経などの集成。


◉ 葉衣観音  オン ハラナ シャバリ ウン ハッタ (八葉印)

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川島徳慈 記す

密教【葉衣観音菩薩の大功徳㉞】『葉衣観自在菩薩経』講義❹

  • 2020.07.31 Friday
  • 00:00

密教【葉衣観音菩薩の大功徳㉞】


『葉衣観自在菩薩経』講義❹



◎『葉衣観自在菩薩経』講義の補足

國譯「葉衣観自在菩薩経」を数回に分けて紐解いてまいりました。この葉衣観音菩薩を
おまつりしている寺院というのは日本では少ないと思います。三十三観音の一尊という
位置付けで、この尊格単体で信仰されることはあまりなかったと思います。

真言密教では胎蔵曼荼羅(胎蔵界マンダラ)の観音院の一尊でありますから、当然知っては
いるものの、お経に説くような神秘の世界が日本で伝わっているかといえば、葉衣尊霊験
は知られていないというのが現状です。わたしはこの度『葉衣観自在菩薩経』をブログでは
ありますが講義をさせて頂きました。葉衣観音菩薩について、これだけ説いた人は過去には

いないと思います。

そこで「葉衣観自在菩薩経」講義において、抜けていたところを二回に分けて解説し、補足と

まとめを述べることにします。

◉葉衣密法「鬼魅形をつくるの法」
『又たの法。若し人、鬼魅を患へば、粳米の粉を取り捏つて彼の魅形を作り、鑽鐵の刀を以て
即ち段段に之を截り、七日護摩すれば即ち除差することを得ん。』
と本経にありました。
わたしはこれを次のように解説しました。
『「鬼魅を患へば」とは、幽霊・化け物に取り憑かれて病気を患えばということ。そういう
場合は、粳米(うるちまい)の粉を使って、捏ねて其の悪霊の形を作り、鑽鐵(さんてつ)の刀で
もって、段段(順々に)にこれを截り(切り)、ようするに切り刻んで、7日間 護摩法で祈れば、
除差(じょさ)することを得るだろう。中国などでは、霊的な障害を「偏差」という言葉で括る
ので、この場合の「差」はそういうものを指しているのだと思う。それを除く、「除差」
すると。』

ここで注目していただきたいのが、うるち米の粉(米粉)を使って捏ねて、つまり粘土の
細工のように人形の形のように「鬼魅(きみ)」の形を作成する。これは一種の霊供
です。幽霊・悪霊の類いだというのですが、実際には生きている人の念「生き霊」の災禍が
一番多いように思います。生き霊・悪霊の形を「うるち米粉で鬼魅形」に作り、これを
鉞(まさかり)で段々に切断してしまう。葉衣観音の持物に「法斧(まさかり)」がある。
あれです。葉衣観音の鉞は柄が長い。馬頭観音だと柄が短く斧(おの)である。田舎の方は
まさかり、斧、鉈(なた)の違いと用途は分かりますね。法具と言ってもどう違うかで、
その仏様のお働きも分かるわけです。



粉で形状化しても、当然のことですが、これは物質的やっているだけでは、お遊びみたいな
もので、自己満足にすぎないものです。形代(かたしろ)を作り上げたら、悪霊なり、生き霊
を召霊する必要がある。ここに秘伝とか、霊力というものを介在するわけです。
こういう法の施行者は、霊的物質的な構造をよく心得ておかないといけない。日本では霊魂
と言い、一霊は四魂に分かれる。いわゆる奇魂・幸魂・和魂・荒魂。チベットでは、「ソク」
「ツェ(レ)」「ラ」という。「ソク」生命力、人の心臓に宿る。ツェは寿命。ラは魂。
「ソク」はソク・マルポ、赤い生命と呼ばれることもある。それなしには人の身体は活性化
しないのである。「ツェ(レ)」は人が生まれたときに受け取る力である。

ツェを使い切ったとき、人は老齢で死ぬという。インドで言う「オージャス」である。
「ラ」は魂というべきものだ。複雑な働きがある。ラが彷徨い出てしまうと、その人は死んで
しまう可能性もあるという。「ラ」を戻す儀礼は重要で、「身代わり」が必要となる。
白ターラの儀礼で、人の寿命を伸ばすための「長寿の灌頂」、「ラを取り戻すための身代り
儀礼」をすることもある。ツェワン(長寿の灌頂)というものは「ラ」などの生命の根源を
強化し護るものである。おもしろいのは、家族同様に生活している動物などは、飼い主の
「ラ」を守るというのである。さもありなんである。逆に言えば、それを削るのが「霊的障害」
であり、「呪詛」である。

(※この記事を書いて寝たら早朝「喋る八割れ猫」の夢を見ました!)

実際にチベットでは「チュー(Chod)」と言って、般若経典に基づく修行法がある。
マチク・ラプドゥンという女性聖者が大成した法で、ゾクパ・チェンポの修行者は
必ず行っている修行である。この修行で「四つの魔」というものと対峙し超克する。
それは自分の為の修行であって、実はこの法は「悪魔祓いの法」でもある。
『ラ・トゥープ』という儀式がそれで、この中で「ツァンパの魅形」がたくさん
作られる。やはりこういう法が遺っている所には遺っているんですね。昔、チベットの
ニンマ派の六大寺院のシェチェン・ラプジャム寺の「悪魔祓い」の儀式を見たことが
あり、荘厳な儀式に参列したことがあった。日本における紙製の人形の類いも同じ
ようなものと言えよう。六月の大祓えの儀式では、茅の輪くぐりと人形祓いがあり、
あのような様式も同じような効験をめざすものだと思う。



◉「執曜陵逼」という凶運を転換する方法
『若し是の如くの法を作して加持せば、身上の疾病・鬼魅・厭禱執曜、本命宿を陵逼し、
及び惡星等惡宿の所作みな悉く殄滅せん。』
と経典にありました。これを次のように解説しました。
『このように法の如く加持すれば、身の上の疾病や鬼魅、厭祷執曜、本命宿の陵逼(りょう
ひつ)・悪星などの悪い星宿のはたらき等、ことごとく残らず消滅する。殄滅(てんめつ)
とは、残らず滅するという意味。鬼魅(きみ)とは、幽霊やら悪霊・化け物の類い。厭祷
とは、厭は「禁厭(きんえん)」で「まじない」のこと、「祷」は祷ること。つまり他者からの
「呪詛(のろい)」である。「執曜本命宿(しつようほんみょうしゅく)」は九執(日月火水木金
土・羅睺星・計都星)、七曜(日月火水木金土)のこと。合わせて「執曜陵逼(しつようりょう
ひつ)」となる。経典では語句の切り方が違っていて、何のことやら分からなくなっているが、
これは写すときの誤植である。陵逼とは「吉凶が逆転してしまう期間の悪い星宿のめぐり」
のことである。それらの悪しきことが葉衣観自在菩薩の灌頂で転換するということ、
葉衣観自在菩薩には、こういう大功徳もあるのです。』
この解説に間違いないのですが、便法があります。宿曜に「六害宿」というものがあり、
こういう難を逃れる、転換する方法があります。それは「念彼観音力」に尽きるのですが、
東方の空に向かって「南無大慈大悲観世音大菩薩」「南無大悲葉衣観自在菩薩」、
このように観音称名をする。「南無観世音菩薩」でもよい。三回お唱えする。これが
最略の便法である。



◉牛黄を密用すること!
『又の法。若し國王の男女、長じ難く養ひ難く、或は薄命・短壽・疾病纏綿として寝食
安からざるは、皆な宿業の因縁に由て惡宿直に生ず、或は數々五曜に本宿を陵逼せられて、
身をして安からざらしめば則ち別居の處に於て牛黄を用て、或は紙或は素の上に二十八大
藥叉將眞言を書して、四壁の上に貼せよ』

これは護符を書す秘伝ですね。葉衣観音法で用いる護符を謹製するには 石・紙・壁に畫く
わけです。ここでは紙に書く秘訣を述べようとしている。紙あるいは布ですね。
「牛黄(ごおう)」を使うわけです。
牛黄というのは、牛の胆のう中に生じた結石(胆石)で、約1〜4センチメートルの不規則な球形
のものです。牛黄は薬として使われ、どのような病気の治療に用いられてきたのか。
『神農本草経』という古典には「驚癇寒熱(きょうかんかんねつ)熱盛狂痙(ねっせいきょう
けい)、邪を除き、鬼を逐ふ」と記されている。
急に何物かに驚いて卒倒して人事不省になってしまう者、高熱が続き、痙攣を起こしたり、
精神に異常をきたしたりした者の治療に使用する。
また人に悪い影響をあたえる邪気をとり除き、死人の祟りの鬼気を攘う作用があると
している。これは「邪気」「鬼気」といったものからくる病気を駆逐したり、その病気に
罹らないようにする予防医学的にも使われていたようです。
牛千頭中、一頭からしか牛黄は採れません。その価値は同じ重さの黄金 以上だと言われて
います。現代でもその稀少価値はあがっており、実際に価格も高騰しています。



この牛黄が転じて「牛王」「牛玉」になる。牛から出てくる「玉」ですからね。それも
ありがたい効能を持つ「牛の玉」で、ごおうの音に引っ掛けて「牛王」。黄色は密教の
五部でいう、宝部に属している色彩ですから黄金などに通じています。ですから黄=宝に
なる。牛宝ということになると、熊野本宮大社の「牛王宝印」ということになってくる。
霊験あらたかな神様の護符です。古来、「熊野牛王玉印」「熊野神符」と呼ばれて来ました。
「カラス文字」という不思議な文字で畫かれた護符で、朱い印璽が押されています。この
玉印の朱墨に、牛黄をまぜる。ここに護符の秘伝がある。古代インドからの伝承が日本にも
入ってきていた証です。

牛は遥か古代から聖なる動物で、人類は牛と共に生活をしてきました。古くはエジプト、
メソポタミヤ、古代インドにまで遡ることができるでしょう。仏教の開祖 釈迦牟尼は
仏陀になりましたが、王子としての名は、ゴータマ・シッダールタでした。覚った後は
ゴータマ・ブッダと呼ばれました。ゴータマを漢字で表記すると「瞿曇(くどん)」です。
漢訳のお経では瞿曇と記されています。どういう意味かというと、「優れた牛」です。
牛から貴重な黄色の宝薬が出てくる。これを仏陀の宝物と考えた。ですから熊野大社で
これを使うというのは、まさに権現信仰、神仏習合の考えと、実際の効験を狙ったという
所産なのでしょう。護符を謹製する時には「牛黄」が必要だということ、こういう法は
現在でも日本の伝統の中で生きているということ。志ざす人は、秘かにこれを研究し
実践したらよろしいと思います。



◎葉衣観音結護法の物ざね


7月28(火)早朝、三日間連続で葉衣観音にまつわる霊夢を見ました。

28日ということもあるのか?、葉衣観音法の28薬叉のお供物・物ざねの夢を見た。


葉衣観音は、葉っぱの神様ですから、何事も葉っぱを用いる。着ている物も葉っぱで

出来ていて、お守りやら、散華も葉っぱ。そのように私は霊示を受けています。


樹木・植物の栄養は土であり、太陽光によって呼吸がなされる。血は水です。

何よりも水分です。霊夢では、物ざねが「スイカ(西瓜)」でした!

果物は、水菓子というくらいですから、水分の塊です。その中でもスイカは、

ウオーターメロンというのですから、夏の水分補給の王様です。


これを二十八の薬叉に供物として御供えする。物ざねです。

夢見では、スイカを非常に面白い切り方で、切っていました。あのような切り方は

職人じゃないとできないでしょう(笑)

これで法が機能する。果物ではないが胡瓜(きゅうり)でも可のようです。

夏はスイカ、秋には梨、以後リンゴ、みかんを物ざねとすれば良いでしょう。


葉衣観音結護法の施行の時に、お家で果物を献じ、葉っぱを(洗って)安じ、護符も置いて

それで修法する。葉っぱと護符を持参して、護符を貼付する。その時にもちろんマントラを

唱えますが、葉っぱを一枚でもいいから、物ざねとして其処に供える(置く)。

浄めたい時には、葉っぱをたくさん用意して、散華として散らせ撒く。


摩訶不思議!葉の精たちは、霊夢において、真理を伝えてくれます。実に「妙」です。

それでは、葉衣観音菩薩を念じましょう。


【葉衣十句観音経】

葉衣観世音  南無佛

与佛有因  与佛有縁

佛法僧縁  常楽我浄

朝念観世音  暮念観世音

念念従心起  念念不離心


オン ピサチ パルナジャバリー サルワ ゾラ プラシャマナイェー ソワーハー(リンポチェ伝)

おん はらな しゃばり うんはった(葉衣観音真言・八葉印)

おん だき うん じゃく(吒枳王真言・降三世印)


川島徳慈 記す

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◎新型肺炎コロナに対応する対応の『観音功徳聚』

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※ 葉衣観音(葉衣仏母)のマントラ。延命十句観音経などの集成。


◉ 葉衣観音  オン ハラナ シャバリ ウン ハッタ (八葉印)

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密教【葉衣観音菩薩の大功徳㉝】『葉衣観自在菩薩経』講義❸

  • 2020.07.30 Thursday
  • 00:00

密教【葉衣観音菩薩の大功徳㉝】


『葉衣観自在菩薩経』講義❸



◎ピサチーの鬼神力


國譯 葉衣観自在菩薩経
『又の法。本命宿直の像を畫いて毎月供養すべし、若し是の如くの法を作さば、其の惡宿
直ちに轉じて吉祥と成らん。復た白檀香を以て葉衣観自在菩薩の像を刻作し、並に樺皮の
上に於て此の葉衣の眞言を書して共に帯せよ。若し此の法を作して鬼宿の日を取り灌頂を
受けよ、其の灌頂の缾は咾魄覆胴爐坊劼院香水を満ち盛りて水中に七寳及び五種藥を著け、
所謂る娑訶者囉藥、娑訶泥囉藥、建吒迦哩藥、勿哩訶底藥、儗哩羯囉拏藥、及び五穀の種子
諸香等を、葉衣観自在菩薩陀羅尼を以て水瓶を加持すること一百八徧し、以用て頂に灌ぎ諸
の障難を洗ふ、灌頂し已らば一瓦椀を取て種種の飲食を盛り、彼の男女の頂上に於て旋遶する
こと三帀し、一人の知法の者をして遠く野外に送り出し、瓦瓶を擲破せしめ、即ち線索を
結んで葉衣眞言を以て加持して其の頭上に繋けよ、若し是の如くの法を作して加持せば、
身上の疾病・鬼魅・厭禱執曜、本命宿を陵逼し、及び惡星等惡宿の所作みな悉く殄滅せん。
又の法。若し人疫病せば舎彌佉木を取り火を然して、然して後牛酥を護摩し人髪人骨等を
護摩し、投ずること一百八遍し、火中に於て焼き、七日已來毎日葉衣観自在菩薩を供養し、
護摩の時ごとに彼の國城の名、聚落の名、村坊の名を稱せば一切の災難悉くみな除滅せん。
是くの如く象疫・馬疫・牛疫・水牛疫には各の本類の骨本毛を取て護摩を作し、七日七夜
するも亦たみな災滅せん。
又たの法。一缾を取て香水を満ち盛り、葉衣眞言を誦して水瓶を加持すること一百八徧し、
水を以て彼の畜等の身上に淋がんに、一切の疫病悉くみな消滅せん。
又たの法。若し人、頭痛せば、香氣ある華を取て加持すること一百八徧し戴き及び鼻に
齅しめば即ち除愈することを得ん。
又たの法。若し人、鬼魅を患へば、粳米の粉を取り捏つて彼の魅形を作り、鑽鐵の刀を以て
即ち段段に之を截り、七日護摩すれば即ち除差することを得ん。
又たの法。若し人、瘧を患ひて、若しは一日・二日・三日乃至七日或は長時に瘧を患へば、
牛黄を用て此の眞言を書き之を戴け、即ち除差することを得ん。
又たの法。或は嬰孩鬼魅を患へば、此の眞言を書して帯せば則ち除愈することを得ん。
又たの法。劫賊の、坊市・村邑侵奪を被り、或は遠く行遊せんと欲するに、道路に財を劫盗
するを畏れなば、佉陀羅木の末を取て護摩し、眞言を誦すること一百八遍せば、去る所の處
に諸の障難なからん。
又たの法。若し蟲の苗稼を食ひなば、砂を取て眞言を以て加持すること一百八遍せば、田中
に散ずる蟲自ら遠く去りて五穀豊熟せん。
國譯 葉衣観自在菩薩経 終』
ーーーーー
◉星の悪いめぐりを転換する!
さらに別の法があると経典では説きます。
今度は自分の「本命(星)」を図像として畫いて、毎月供養する。これを如法に行なうならば
悪い星宿の影響を転じて吉祥となるであろう。これは一種の「星供養」ですね。
また白檀(香木)で 葉衣観世音菩薩の木像を刻んで作り、樺皮の上に葉衣観音の眞言を記して
共に帯びなさい。樺皮とは、白樺などの樺の樹皮のことではない。これは桜、ヤマザクラ
などの桜樹皮のことである。ようするに桜の木の皮である。それに葉衣観音眞言を記す。
木像は白檀香木で作る。帯びると言うんだから、いわゆる「小像」「豆佛」のような仏像
です。で、鬼宿の日に「灌頂」を受けなさいと。もちろん密教の阿闍梨から受けるわけです。

その灌頂では、缾(へい)これは水の入れ物のこと、これを項(うなじ)に(ショウ)で繋(か)
ける。香水(こうずい)を満たし、その中には七つの宝、五つの法薬を入れる。或いは五穀の
種子(タネ)その他 諸々のお香など入れて、葉衣観自在菩薩陀羅尼で水瓶を加持すること108遍
行なう。その香水を頭頂に濯ぎ、諸々の障り、災難などを洗い浄める。
「(ショウ)」というのは「絹(きぬ)」シルクのことである。お経には書いていないけれども
五色のシルクの紐で 水瓶を首に掛けてという様式だと思う。
灌頂が終わったら、瓦椀(素焼きの器)にいろいろな食べ物などを盛り、男性女性の施主の
頭の上にて、三回旋ぐらせ、一人の法を知る者が、野外の遠い所に行き、その器ごと放り
投げて、線索で(これはロープ縄)結んで、葉衣観音の眞言で加持する。頭上にそのロープを
掛ける。このように法の如く加持すれば、身の上の疾病や鬼魅、厭祷執曜、本命宿の陵逼
・悪星などの悪い星宿のはたらき等、悉く(ことごとく)、残らず消滅する。殄滅(てんめつ)
とは、残らず滅するという意味。鬼魅(きみ)とは、幽霊やら悪霊・化け物の類い。厭祷
とは、厭は「禁厭(きんえん)」で「まじない」のこと、「祷」は祷ること。つまり他者からの
「呪詛(のろい)」である。

「執曜本命宿(しつようほんみょうしゅく)」は九執(日月火水木金土・羅睺星・計都星)、
七曜(日月火水木金土)のこと。合わせて「執曜陵逼(しつようりょうひつ)」となる。
経典では、語句の切り方が違っていて、何のことやら分からなくなっているが、これは写す
ときの誤植である。陵逼とは「吉凶が逆転してしまう期間の悪い星宿のめぐり」のことである。
それらの悪しきことが葉衣観自在菩薩の灌頂で転換するということ、葉衣観自在菩薩には、
こういう大功徳もあるのです。



◉葉衣護摩法と田畑の蟲たち
「星のめぐりの除災」の功徳。「執曜陵逼(しつようりょうひつ)」。
「九執・七曜」などの星宿が「陵逼(りょうひつ)」する。
「七曜陵逼」という語もあり、ようするにこれは「星宿の吉凶逆転・障り(の期間)」。
「陵」は、険しい・厳しい・ゆるむ・迫る・しのぐ等の意味がある。おもしろいですね。
険しいやら厳しいという中に、ゆるむ・しのぐ等の状態も入っている。「逼」は文字通り
迫るという意味。陵にも迫るが、ありますから「迫る迫る」「険しく厳しく迫る」、
でも「しのぐ」「ゆるむ」という状態も包含されている。実に妙な言葉づかいです。
この辺はお経を勉強してゆく妙味ですね。「陵逼」とは、このような意味だと。吉にも
凶にも転ずる。要は「すべては縁起である」、一切は「空」であるという事です。

「厭禱(えんとう)」という語句。これは「鬼神に供物をささげて祈る」こと。
「禁厭(きんえん)」とは「まじない」で「交名霊(まじなひ)」です。霊的存在と交わって
行なうものです。名ですから(その神霊・精霊・鬼神)の名前、それから「ナ」には、土地
という意味がありますから、「(その土地の)霊的存在」という意味が出てきます。昔から
名主さんとか言うでしょう。土地の主という意味です。これは日本語的な解読ですが、
チベットで「ナ」は、「ナーガ」ですからね。ナーガは「竜」ですよ。天・龍・夜叉と
「八部衆」を示唆しているとも言えます。

まあ余談ですが、地上のあらゆるところに於いて、必ずその場所のエネルギーやら霊的
存在が関与しています。土地神とも言いますが、ある種の精霊です。そういう存在を区別
すると8つの種族に分類ができる。これを八部衆という。そのうちのどれかに属している。
ですが問題は、人間と同じで性質の良いのもいれば、無頼漢みたいなのもいるわけです。
供物を捧げてよい相手と、与えたらよくないものも存在する。

また葉衣観音の別の法。人が疫病を患った時には、護摩法を行なう。舎彌佉木という木を
用いて護摩行をする。牛酥で火供し、人の髪やら、人骨などを焚べて護摩の資とする。
護摩の炉に投ずること108遍する。7日間、毎日 葉衣観自在菩薩を護摩法で供養し、
護摩のたびに、かの国の城の名、村落(聚落)の名、村の寺社の名(日本なら産土神社や地元の
お寺など)を呼称して祈願すれば、一切の災難はすべて消えて滅するであろう。
このように象・馬・牛・水牛などの家畜・動物の、疫病・伝染病には、その同じ類族(本類)
の、骨や本毛を取て護摩法を作し(なし)、これもまた災い困難が滅除する。



◉「又たの法」ということで、七つの法が、最後に列挙される。
^缾に香水を満たして、葉衣眞言を誦して水瓶を加持(108遍)、水を畜等の注ぐことで
一切の家畜の疫病が消滅する。
⊃佑頭痛したら、香りのある華を取て加持すること108遍、頭頂・鼻にその香りを嗅がせ
れば。治癒する。「齅しめ」は「かがしめ」でキュウとも読む。「除愈する」とは「じょゆ」
で、病が除かれ治ることをいう。
「鬼魅を患へば」とは、幽霊・化け物に取り憑かれて病気を患えばということ。
そういう場合は、粳米(うるちまい)の粉を使って、捏ねて其の悪霊の形を作り、
鑽鐵(さんてつ)の刀でもって、段段(順々に)にこれを截り(切り)、ようするに切り刻んで、
7日間 護摩法で祈れば、除差(じょさ)することを得るだろう。中国などでは、霊的な障害を
「偏差」という言葉で括るので、この場合の「差」はそういうものを指しているのだと思う。
それを除く、「除差」すると。
ぁ嵜諭≡蠅魎気劼董廚箸蓮◆屬錣蕕譴笋漾廖屬こり」というものであって、いわゆる
「マラリア」のことである。「瘧」ギャクと読む。1日2日3日〜7日間さらに長期間
瘧(マラリア)を罹患したら、牛黄を用てこの葉衣眞言を書き、これを戴きなさい。
すなわち除差することを得るであろう。
ァ岷鍍惶缶イ魎気悗弌◆廚箸榔纏・孩児、赤ん坊や幼児が、鬼魅を患う、つまり妖怪・
化け物などの類いの障りによる病になったら、葉衣眞言を書して帯びれば除愈するだろう。
「帯びる」とは身に付けること。いわゆるお守りですね。
Α峭綢院廚海譴蓮屬瓦Δ召」。去るに力と書く。マイナスの力ということ。マイナスの力
の賊。海賊、山賊などです。この賊は、集団で掠奪や暴行を行なう賊徒で、まあ土着民の
賊。街や村々を襲う者たち。戦国時代の「野伏せり(野武士)集団」のような者たち。
また旅行や仕事の遠航などで、財貨を強盗(劫盗ごうとう)する者、こういう連中を畏れて
いるときは、佉陀羅木で護摩法を行ない、葉衣眞言を誦すること108遍すれば、それらの所
に諸々の障難がなくなるであろう。
А崋磴穴気良腸圓鮨ひなば」、虫が収穫の作物を喰うような害があるならば ということ。
「苗稼」は「びょうが」で田畑の作物。「苗」に「稼ぐ」ですからね。砂を取り、葉衣眞言
で加持すること108遍、その田や畑に、その加持砂を撒く(散ずる)。虫(蟲)は自ら遠く去り、
五穀豊熟せん。これは良いですね。殺すんじゃないのです。自ら去るのです。

自然のやり方で、ニンジンを作ると土の中に「ヤトウ虫」というのが居て、ちょうど収穫の
頃合いになった時に、葉の根元をかじって食べちゃうのです。お百姓さんなんかは「ヤトウ
虫」を化学肥料まいて寄せつけないわけですが、自然の作り方だと、土のところを、こう、
触って、この虫を取り除く。ですが、よくよく調べるとニンジンの葉の根元に時に「リン」
が多く含まれ、これが人の体には良くないというのです。実は「ヤトウ虫」はこれを
食べてくれているのです。「害虫」というのは人間がつけた名前や働きであって、虫も
動物も自然の秩序に従っているだけです。人間の都合のいい五穀豊熟だけではなく、
地球環境のことも考えての五穀豊熟でないといけません。


葉衣観音、葉衣仏母のマントラに、「ピサチ」「ピシャチ」とあります。

これは「ピシャチー」であり、一種の "鬼神" のことです。「チャンダリー」等とも言う。

差別的が賎民土族みたいに考えられていた、地方山林の原住民ですね。アマゾンの本当の

裸族の原住民のように、樹木・葉根などの特殊な知識のある民族だった。


鬼神と恐れられていたから「ピサチ」「ピシャチー」。鬼神を以って鬼神を制する。

特に疫病・伝染病をもたらす鬼神だとされていたのです。つまりそういうことの知識に

長けていたのでしょう。この鬼神の姿が、吒枳王の姿です。



◎"葉衣仏母吒枳王"散華の法


7月27日(月)早朝にも、霊夢を見ました。

前日の夢のシリーズものでした。わたしは、例の"アオキ・ジャナーニャ・ダーキニー"の

お宅に伺いました。立派な日本家屋で、玄関には大きな式石がありました。



夢中ですが、式石の上に履物ぬいで、上にあがると、廊下を左側に歩き部屋に通されました。

縁側があり、そんなに広くはないが、よく手入れされたお庭が見えます。

私はそのお部屋に通されて、いつのまにか黒衣を着ているのです。ようするに僧衣をまとって

いる。もちろん白衣・白足袋で、左腕のお念珠をかけている。


手には何と!  "華籠"を持ち、通常は散華(サンゲ)という紙の柄物があるのですが、

種々の葉っぱがたくさん盛られているのです。(写真のようなイメージ)

散華は、声明の時などに散らせるように厳かに撒きます。

真言宗でも、天台宗でも、日蓮宗でも散華を撒きます。非常にありがたいものなのです。

数十年も前に、インドやネパールにゆき、実地に密教の修法とか、お祭りの模様を沢山見て、

参加もしました。日本みたいに紙製の散華などではなく、花をまくのです。自然の物を撒く。


まあ実際に(現実に)葉っぱを採取して、水でよく洗って盛り付けて、軽く乾かして、

風のよく通る所でマントラで加持して、撒いてみました。非常に風との相性が良く、

葉っぱの精が飛んで行くのを感じます。



夢では、部屋の中であり、その日本間に葉っぱの散華を撒いたのです。

目覚めて、日課の修行をし、夢と現実をリクパにおいて統合し、「鏡の境地」を保ちました。

動きと境地を一つにして、動き出す。その動き出す直前に霊感が出て来るのです。


こうして種々の葉っぱを「散華」として用いる妙法を得ました。

葉衣観音、葉衣仏母のマントラで加持することで、この"散華の法"は効験をあらわします。

葉衣の精たちは、このように霊夢において、秘密の教えを伝えてくれます。

葉衣観音菩薩を念じ、さらに勉強しましょう。


【葉衣十句観音経】

葉衣観世音  南無佛

与佛有因  与佛有縁

佛法僧縁  常楽我浄

朝念観世音  暮念観世音

念念従心起  念念不離心


オン ピサチ パルナジャバリー サルワ ゾラ プラシャマナイェー ソワーハー(リンポチェ伝)

おん はらな しゃばり うんはった(葉衣観音真言・八葉印)

おん だき うん じゃく(吒枳王真言・降三世印)


川島徳慈 記す

ーーーーーーーー


◎新型肺炎コロナに対応する対応の『観音功徳聚』

→   http://shizenfukuchi.jugem.jp/?day=20200410  (ここでご覧になれます)


※ 葉衣観音(葉衣仏母)のマントラ。延命十句観音経などの集成。


◉ 葉衣観音  オン ハラナ シャバリ ウン ハッタ (八葉印)

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密教【葉衣観音菩薩の大功徳㉜】『葉衣観自在菩薩経 』講義❷

  • 2020.07.29 Wednesday
  • 00:00

密教【葉衣観音菩薩の大功徳㉜】


『葉衣観自在菩薩経』講義❷



◎葉衣仏母吒枳王の密法

國譯 葉衣観自在菩薩経

『若し國内疫病流行せば白㲲を取るべし、濶さ(ひろさ)一肘半長けニ肘なり、先づ畫人をして
潔浄齋戒せしめ、瞿摩夷の汁を以て少青緑に和し、香膠を以て和し、皮膠を用ふること勿れ、
鬼宿日を取て葉衣観自在菩薩の像を畫け、其の像は天女の形に作り、首に寳冠を戴く、冠に
無量壽佛有せり、瓔珞・環釧をもて其の身を荘厳す、身に圓光あり、光㷔囲繞す、像に四臂
あり、右の第一手は心に當て吉祥菓を持す、第二手は施願手に作り、左の第一手には鉞斧を
持し、第二には羂索を持して蓮華上に坐せり、像を書き成已て竿上に懸け、一人をして執持
せしむ、竿を執るの人、間断なく葉衣観自在菩薩の陀羅尼を誦す、鼓を聲し磬を鳴す、撃つ
所の杖は擿枳王の眞言を用て加持すること二十一遍して方さに及ち之を撃つ、眞言に日く
唵 擿枳 吽弱(オン ダキ ウムジャク)
又た二人をして讃を誦せしむ、一人は吉慶讃を誦し、一人は吉祥讃を誦す、知法の弟子三五
人をして一人は香爐を持し安息香を焼く、其の香は葉衣観自在菩薩の心眞言を以て加持する
こと一百八徧して、然して後に香爐を取て香を焼き烟を断絶せしむること勿れ、一人は賢缾
を持し香水を満ち盛り、華果樹枝を挿む、缾を持す人をして前に在り、先に行いて像を引かし
むる二人蠡を吹き引いて王宮に入り、右旋すること一帀して南門よりして出づ、復た東より
入て却き城内坊中を繞りー帀して便ち城の南門より出づ、城の南門の外に一大水缾を置く、
中に於て種種の飲食・雑果及び麨を置く、阿闍梨妙色身如来の眞言を誦して加持すること七遍
して、然して後に葉衣観自在菩薩陀羅尼を誦すること七遍す、眞言の句中に於て國王の名號
を稱へて加持せよ、願くは王の國界諸の災難なからんことをと。然して後に路側曠野に於て
水缾を棄擲して破せしむ、是の告を作して言へ、閻魔界中行病鬼等、汝等此の飲食を領せよと
いひて、道を復して帰らんに、諸の有情に於て大悲心を起し、此の國界をして諸の災難なから
しめん。
又の法。長壽無病ならんことを欲求せば、意に隨ひて大小の、白㲲上に於て葉衣観自在菩薩
の像を畫くこと前の如し、四臂なり、施願手の下に於て彼の求願の男女の形像を畫き、其の像
を道場中に於て、毎日香華・飲食を以て如法に旋遶供養し發願すれば、常に加持を得、其の所
願を満せん。
又の法。若し國王の男女、長じ難く養ひ難く、或は薄命・短壽・疾病纏綿として寝食安からざる
は、皆な宿業の因縁に由て惡宿直に生ず、或は數々五曜に本宿を陵逼せられて、身をして安から
ざらしめば則ち別居の處に於て牛黄を用て、或は紙或は素の上に二十八大藥叉將眞言を書して、
四壁の上に貼せよ、先づ東方の壁上に於て四大藥叉將眞言を貼し、東方の角より起首めよ、
所謂る第一藥叉將眞言に日く、オン ヂラギャ タキ ウンジャク ソワカ、第二藥叉將眞言に
日く、オン ソネイタラ タキ ウンジャク ソワカ、第三藥叉將眞言に日く、オン ホラタキャ
タキ ウンジャク ソワカ、第四藥叉將眞言に日く、オン キャビラ タキ ウンジャク ソワカ、
次に南方の壁上に於て四大藥叉將眞言を貼せよ。
第一藥叉將眞言に日く、オン シウカタキ ウンジャク ソワカ、
(以下、略す)
次に西方の壁上に於て四大藥叉將眞言を貼せよ。
第一藥叉將眞言に日く、オン カリ タキウンジャク ソワカ、
(以下、略す)
次に北方の壁上に於て四大藥叉將眞言を貼せよ。
第一藥叉將眞言に日く、オン ダラタ タキ ウンジャク ソワカ、
次に東北隅に於て一大藥叉將眞言を貼せよ。日く  オン ハンシキャ タキ ウンジャク ソワカ
次に東南隅に於て一大藥叉將眞言を貼せよ。(以下、略す)
次に西南隅に於て一大藥叉將眞言を貼せよ。(以下、略す)
次に西北隅に於て一大藥叉將眞言を貼せよ。(以下、略す)
次に下方足の蹈まざる處に於て、石上に四大藥叉將眞言を鐫み(きざみ)、四方の地下に置け。
東方地下一大藥叉將眞言に日く、オン ボクマク タキ ウンジャク ソワカ、
南方地下一大藥叉將眞言に日く・・・、西方地下一大藥叉將眞言に日く・・・、
北方地下一大藥叉將眞言に日く ・・・、
次に上方の四隅舎上に於て各の一大藥叉將眞言を貼せよ。
東北隅舎上 一大藥叉將眞言に日く、オン ソリヤ タキ ウンジャク ソワカ、
東南隅舎上 一大藥叉將眞言に日く・・・、西南隅舎上 一大藥叉將眞言に日く・・・、
西北隅舎 一大藥叉將眞言に日く・・・、
眞言を貼し已て、二十八大藥叉將の位に於て各各白檀香を以て一小壇を塗り、壇上の香を焼き
雑華散し、飲食・燈燭・閼伽をもて虔誠にして啓告せよ。惟だ願くは二十八大藥叉將並に眷属、
聰慧増長して、威粛端嚴にして具足し、養ひ易く長じ易く壽命長遠ならしめたまへ、是の加持
を作し已て彼の二十八大藥叉將敢て諸佛に違越せず、観自在菩薩及び金剛手菩薩の教敕の如く
して、晝夜擁護し臥して安く覺めて安うして大威得を獲。若し國王ありて此の法を作さば、其の
王の境内災疾消除し、國土安寧に人民歓樂ならん。』
ーーーーー
◉ここでは葉衣観音の図像法・開眼法と葉衣観音法のやり方が記されており、葉衣観音の

大咒の根本陀羅尼をもって修法するわけです。国の内で伝染病・疫病が流行したら、

白㲲(はくじょう)を取るべしという。これは、「白いもめんの布」ことで、広さが一肘半

(一肘とは指先から肘まで)、タテが二肘の大の白い木綿布です。
畫く(えがく)人を斎戒沐浴して潔め、瞿摩夷(くまい)の汁をもって。くまい(gomaya)とは、
すなわち牛の糞です。牛は聖なる動物で神の化身ですから。牛の糞を水で溶かし、青緑色
の染料を混ぜる。さらに植物性のあぶら(膠にかわ)を以て調合し、二十八宿の鬼宿の日に
図像を画く。動物性のあぶら(にかわ)を用いてはいけない。

葉衣観音菩薩の図像は、天女の容姿で描き、頭には冠があり、その冠には阿弥陀如来が
乗っている。菩薩のお身体は瓔珞などの飾りで装飾されている。体全体から円光が出て
全体から霊光が放射されている。四つの手(四臂)で右手の一は胸に当てザクロ(柘榴)を持つ、
二は施願の手つき。左手の一は鉞斧(まさかり)を持つ、二は縛り縄(羂索)を持つ。
図像を書き上げて、一人が竿(さお)で上げて掲げる。その人は眞言を誦し続ける。

葉衣仏母吒枳王は上にあげてある、「三面三眼六臂」赤色の尊形である。

つつみ(鼓)をたたいて、打ち鳴らし(磬けい)を鳴らす。打ち鳴らす棒は、葉衣仏母吒枳王
(擿枳王)のマントラを用いて、加持すること二十一遍して これを打ち鳴らす。
眞言は「オン ダキ フーム ザー」(唵 擿枳 吽弱)である。
また別の二人で声明讃を読誦する。一人は吉慶讃を、一人は吉祥讃の声明を行なう。
法を知る弟子3~5名で、一人は香炉を持って安息香を焚く。そのお香は葉衣観音咒で
108遍加持したものを使い、法の最中は断絶しないように焚きしめ続ける。
また一人は、賢缾(水を入れる瓶)に香水を満たし、葉っぱ・枝などを入れる。賢瓶は密教の
法具である。賢缾(げんへい)を持っている人が前を行き、その後に像を持つ人が続き、
二人が巻貝(蠡)を吹き鳴らし、衆僧を引いて王宮に入る。蠡(ひさご)は「巻き貝」で所謂
法螺貝のこと。蠡(ひさご)は「レイ」と音読みし、訓読みで「ニノ」とも言う。なぜか
経典には「ケイ」と記されている。蛤(はまぐり)とも言われているので、もしかすると
カスタネットような楽器(法具)が存在していたのかもしれない。特に左巻きの法螺貝は
効験あらたかだと云われている。

右に旋ぐること一周(一帀、いっそう)して南門よりして出る。また東より入門して却って
城内と坊中を繞り(めぐり)、一周して すなわち城の南門より出る。城の南門の外側に
一つの大きな水缾(すいへい)を置く。種々の飲食物、果物菓子など、麨(はったい)を置く。
糗麨(はったい)とも記す。麦こがしのことで、チベットでは「ツァンパ」という主食である。
ツァンパをお茶碗のような器に入れて、そこにバター茶を入れて器を回転させ乍らこねて
食べる。ツァンパをこねて形を調えて着色して「トルマ」という特別な霊物を作る。
チベット密教の法では必ずトルマ(霊物)を作す。『葉衣観自在菩薩経』はインドから唐土
(中国)に流伝したものであるが、この糗麨の記述は深慮の部分だと思う。

阿闍梨は、妙色身如来の眞言を誦して加持すること七遍。阿闍梨はアーチャリヤで、
教師の意味である。妙色身如来とは阿閦如来(青色の佛)で、東方を司る。これは
施餓鬼飲食を表している。妙色身如来という場合は、施餓鬼供養の五如来の一だから
である。施餓鬼供養は、施餓鬼飲食眞言というマントラと、五如来の宝号を唱える。
そうやって外側でも供養を為す。然して後に葉衣観自在菩薩陀羅尼を誦すること七遍。

マントラの句中において、国王の名号を入れて称えて加持する。
横浜太郎(ヨコハマタロウ)という領主(王様)ならば、
「オン ハラナ シャバリ  "ヨコハマタロウ王" ウンハッタ」
という具合になる。
さらに「願くば ◯◯◯王の国土・国境に諸々の災難が無きことを」と白す。
そして後に、路側・広野(空き地)に於いて、水缾を投げ捨てて(棄擲・きてき)破壊する。
今ではこんなことはできませんね(笑)。この水缾(すいへい)というのは 素焼の器なので
しょう。だからやがて土に還る。
で、告文を作って次のように言う。
「閻魔界中の病鬼(疫病伝染病をもたらす存在)よ、汝はこの飲食を領せよ」と。

棄擲(きてき)しに行った道を復た戻って帰ってきてはいけない。要するに後ろを見ない。
諸々の有情において大いなる慈悲心を起こし、この国土・国境をして、諸種の災難
無からしめん。「しめん」は「令め」。命令の「令」。「ように」という意味では
ない。命令である。

この後ろを見ないというのは、ガナ・チャクラ・プジャなどでも同じで、残り物の供養を

霊的に弱い存在にする段がありますが、詳しくは短い線香を供えて供物に酒をふりかけ、

明るくないような所にお供えする。六十歩ほど歩いたところに置き、後ろを見ない。



◉葉衣観音「二十八大藥叉將」鎮宅結界法
「葉衣観音法」と密教の法があるわけですが、ここでは長寿・治病の法が説かれます。
葉衣観音は、長寿・治病・結界の功徳がある。
意にしたがって、白い木綿の布に葉衣観音の図像を描く。白㲲(はくじょう)とは白もめん
のことです。四臂の図像である。葉衣観音の施願の手の下に、願いを求めている人の形像
をも畫く。その図像を道場(仏間)におまつりし、毎日 お香、お花、食べ物、飲み物を
如法に供養して、発願すれば、常に(葉衣観音の)加持力を得て、その所願は満足する。

また別の法。国王、女王、成長し難く、あるいは薄命、短命、病気がちで寝食が安らかで
ないなど、それらはすべて宿業のなせる因縁で、それに由って悪い宿直が生ずるのである。
「疾病纏綿(しっぺいてんめん)として」とあるのは、病気がまといつく、からみつくさまの
ことを言うのである。
あるいは、「数々 五曜に本宿を陵逼せられて」とは、星宿その人の本命宿(星)が陵逼されて
しまう。陵逼(りょうひつ)とは「七曜陵逼」と言って、吉凶が逆転してしまうことをいう。
それは「陵犯期間(りょうはんきかん)」という実際上の暦の期間の事で、その期間は本宿が
悪い影響を受けるのである。その身を安らかにするには、牛黄を用いて、あるいは紙に、
素(素地・そ)これは壁そのものに、28大藥叉將のマントラを書いて、四方の壁に貼る。

それは東北から起こし始める。先ず東の壁に第一の大藥叉將〜第四の大藥叉將の眞言を
貼る。大藥叉將(だいやくしゃしょう)とは、葉衣観音の変化身である吒枳王(葉衣佛母)の

眷属である。この眷属が四方、地下、上方、四隅を護持結界するのである。

要するに、疾病、伝染病、疫病、悪宿を治癒・転換し、悪徒・盗賊から結界し、
守護するのである。南・西・北の壁に、それぞれ四身の大藥叉將の眞言を貼る。さらに
四隅(四身の藥叉將)、四下方、四上方。16、4、4、4 で 28大藥叉將となる。
城、邸宅の28ヶ所に大藥叉將眞言の護符を貼付して、28将の小さい壇を祀って、
お香を焚き、華を散らし、飲食、お灯明、閼伽(清らかな水)を供養して、「虔誠(けんせい)
にして啓告(けいこく)せよ」と。虔誠とは、深い信心のこと。啓告とは、申し上げること。
次のように告文を作り奏上する。

『ただ願わくば、二十八大藥叉將 並びに眷属、おのおの本方に住して、「某甲」を
護持し守護して、災禍、不詳、疾病、夭寿を除いて、色力を獲得し、聰慧を増長して、
威粛端厳にして具足し、養いやすく 長じやすく 寿命長遠ならしめたまえ』

と。これにより観自在菩薩および金剛手菩薩の教勅(お教え)の通り、(施主を)昼夜 擁護し、
大威徳を得る。もし国の王がいて、この法を為せば、その王様の城の境内で災難・疾病消滅し、

国土は安寧に、人民は歓楽になるであろう。



◎葉衣尊の三身変化の秘法


2020年7月26日(日)に、私は霊夢を見た。

そのことを次のように記した…。


「本日(7月26日)の早朝に霊夢を見ました。
その夢は、私のクライアント(指圧治療)として、青木さんという女性が来るのです。
その人は実在の人物ですが、詳しいことは述べません。実際にフランス語 英語を
操る才媛で、フランスに留学もしていた人です。この人が出てきた。
この人の背中を指圧していると、まさに「病膏肓(やまいこうこう)に入る」の語の通り、
膏肓のあたりを押圧してくれというのです。其処には奇妙な塊がありました。いわゆる粉瘤

(ふんりゅう)のようなもので、脂肪の塊のようにも思うのです。夢ですが、はっきり感触を

憶えています。彼女が言うには、そこに憑霊の霊的な障害があるというのです。身体に入る

邪気みたいなものでしょう。それを押圧すると奇妙にも動くのです。
その後、密教の私の大嫌いな先生が出てきた。新しい専用の念珠を作ったというのです。
ですが、それは私が使っている念珠なのです。そうか!今日は葉衣観音菩薩の遠隔祈願会だ、

その法具として掌におさめよということか!  私がそう考えると、その人は申し訳なさそうに

消えてゆきました。
夢から覚めて、朝の統合を行ないました。一種の霊感がわき起こりました。
❶青木さん=青い木。❷憑霊の加持(治療)。❸専用の念珠。
これは、葉衣観音菩薩の法の秘密を教えてくれたのです。名前が、青い樹木ですよ。
青木さんは、智慧のダーキニーだったのです。ジャニャ・ダーキニーと言います。
(※チベットの教えでは、女性は全てダーキニーとします。ダーキニーをないがしろに
すると最高の悟りは得られません。)
祈願会の時に、専用の念珠を掌に入れて、智慧のダーキニーを念じるのです。

そのダーキニーを通じて、悪霊を祓う霊力のある、葉衣観音菩薩・葉衣吒枳王を念ずる。
今回の遠隔祈願会で、この方法を実際にやってみました。非常に手応えがあった。

葉衣観音菩薩の経典をみると確かに、類する法がある。密教というのは、時空を越えて

授かるようなものなのだと得心しました。」


通常は、葉衣観音菩薩に入我我入して、さらに葉衣吒枳王に変化(へんげ)する。

こういう順序です。

詳しく言うと、❶法身の阿弥陀如来、❷報身の葉衣観自在菩薩、❸応身の葉衣仏母吒枳王

ということになる。この三身を一つにして覚りと為す。これが密教の神髄である。


我々の次元は、粗い物質化した次元です。これは応身のレベルである。

ニルマーナ・カーヤ(応身)の次元である。守護尊(イダム)である明王などは、火炎でもって

運動を表し、肉体次元に近いこと表している。


であるから、阿弥陀如来の覚りから、報身観音菩薩(葉衣観自在)になり、さらにイダムである

葉衣仏母吒枳王に変化(へんげ)して、葉衣功力をめぐらせる。こういうことになる。

だが、さすがに「大幻化網タントラ」の所伝にあるだけあって、上記のような三身変化の

説明ではすまない。その一つ奥があるのだ!


先の霊夢で、私はジャナ・ダーキニを感得した。

ジャナ・ダーキニと接触して(通じて)、一気に葉衣仏母吒枳王と化して、三身を具現する。

それは一瞬で為される。そういう高度の密教なのである。いわゆるアヌ・ヨーガに属する

最高度の密教である。このように経典・儀軌に記されていない秘密が、密教には数多く

あると思われる。

葉の精たちは、こうして真理を伝えてくれています。摩訶不思議です。

では今日も、葉衣観音菩薩を念じましょう。


【葉衣十句観音経】

葉衣観世音  南無佛

与佛有因  与佛有縁

佛法僧縁  常楽我浄

朝念観世音  暮念観世音

念念従心起  念念不離心


オン ピサチ パルナジャバリー サルワ ゾラ プラシャマナイェー ソワーハー(リンポチェ伝)

おん はらな しゃばり うんはった(葉衣観音真言・八葉印)

おん だき うん じゃく(吒枳王真言・降三世印)

ーーーーーーーー


◎新型肺炎コロナに対応する対応の『観音功徳聚』

→   http://shizenfukuchi.jugem.jp/?day=20200410  (ここでご覧になれます)


※ 葉衣観音(葉衣仏母)のマントラ。延命十句観音経などの集成。


◉ 葉衣観音  オン ハラナ シャバリ ウン ハッタ (八葉印)

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川島徳慈 記す

密教【葉衣観音菩薩の大功徳㉛】『葉衣観自在菩薩経』講義❶

  • 2020.07.28 Tuesday
  • 00:00

密教【葉衣観音菩薩の大功徳㉛】


『葉衣観自在菩薩経』講義❶


◎國譯「葉衣観自在菩薩経」を解説

國譯 葉衣観自在菩薩経


唐特進試鴻臚卿三蔵沙門大廣智不空 詔を奉じて譯す

爾の時に婆伽梵、極楽世界に住して、諸の大衆と興に妙法を宣説じたまふ時、
金剛手菩薩、座より起ちて偏へに右肩を袒ぎ、雙膝を地に著けて観自在菩薩摩訶薩の
足を頂禮して観自在菩薩に白して言さく、聖者大悲解脱 如幻三昧に住して、
能く一切有情の苦を除き、世・出世間の利益安楽を與ふるに、假使ひ三千大千世界の
一切衆生、同時に種種の苦悩及び八難の苦あるも、或は世出世間の果報を希望するも、
若し能く一心に観自在菩薩摩訶薩の名號を稱念すれば、時に應じて大悲の誓願を捨てず
して、種種の隨類の身を現じて、能く衆生一切の勝願を満て、亦た能く國界を護持し
苦難を拔濟し、亦た能く攝受し養育して吉祥を増長し、亦た能く囚禁苦刑を遮止し、
亦た能く蠱毒鬼魅及び諸の悪病を鎮除し、亦た能く陣に臨んで刀杖を禁制し、亦た能く
水火の災難を鎮除し、亦た能く厭祷呪詛を断除し、亦た能く方隅地界を結護す。惟だ
願くは聖者、未来の一切有情國王男女の、若し三寳を浄信し佛法を護持せんものを哀愍
して、王業を相承し断絶せしむること勿らしめんことを。彼等のための故に軌儀陀羅尼
加持方便を説かん。爾の時に観自在菩薩摩訶薩、座より起ちて佛足を頂禮し、右に遶ること
三帀して還た本處に坐し、合掌して佛に向ひて佛に白して言さく、惟だ願くは世尊哀愍加持
したまへ、我に葉衣観自在菩薩摩訶薩陀羅尼あり、能く一切有情の災禍・疫病・饑儉・
劫賊・刀兵・水旱調はず宿曜度を失ふを除き、亦た能く福徳を増長して國界豊盛人民安楽
ならん、我今説かんと欲す、惟だ願くは聴許したまへ。佛言はく善い哉善い哉、汝が意に
隨ひて説くべし。

我に葉衣観自在菩薩摩訶薩陀羅尼あり、能く一切有情の災禍・疫病・饑儉・
劫賊・刀兵・水旱調はず宿曜度を失ふを除き、亦た能く福徳を増長して國界豊盛人民安楽
ならん、我今説かんと欲す、惟だ願くは聴許したまへ。佛言はく善い哉善い哉、汝が意に
隨ひて説くべし。
爾の時に観自在菩薩、佛の威神を承けて陀羅尼を説いて日く、
ノウボウアラタンノウ タラヤヤ 、ノウボウ アミタバヤ  、タタギャタヤ、アラカテイ
サンミャクサンボダヤ、ノウボウ アリヤバロキテイ ジンバラヤ 、ボウジ サトバヤ、
マカサトバヤ、マカキャロニキャヤ、ノウボウ マカサタマ、ハラハリタヤ、ボウジサトバヤ、
マカサトバヤ、マカキャロニキャヤ、バマネイトバン、ノウボウ シャミドバ、
ノウボウ シャミバマネイ、ヒシャシ、ハラダ  シャバリ、ハラダ  シャバリ、ヒシャシ、
バキャバテイ、ハシャ、ハラシュ、ハシャダリニ、ヤニキャニ シツナバヤ ニユツトウハ
ニヤマノウ  ニユツトウハ ネンテイ、ヤキャシツシツ ニチュ  ヤキャシツシツ タマリユ、
ヤキャシツシツ マカマリユ、エイケイ シッド ハンタラバ、エイケイ シッド ハヤサ、
エイケイ シツヤダラ、エイケイ シッダジヤ バムバ、エイケイシツド  ウパサツギャク
ウパサツギャ サンマンダバ、ウタハデンテイ、サラバニタニ、サラバサタ、サラベイテイバ、
ラタエイボウ タハデンテイノウ、ハンヂタ、サタダネイノウ  サチエイ、ノウサチヤバケイノウ、ジャジャジャジャ、エイビシッシハンヂタア、ヂシュッチテイ、マンダラ ハダイ、
ママサラバサトバ  ナンシャ、ラキャソウクロ、グフヂョウクロ、ハリタラナンクロ、

ハリギャラタクロ、ハリハラノウクロ、センヂョウクロ、ソバサチヤヤノウクロ、

ナンダハリカロウクロ、シャサタラ ハリカロウクロ、ビシャドシャナンクロ、
ビシャノウ  シャノウクロ、シママンドゥクロ、ダラニマドゥシャクロ、
タニヤタ、アミリテイ、アミリト、ドハムベイ、アシッバサトウゲイ、ママラ、ママラ、
シャマ、ハラシャマ、トド、ビトド、トレイ、トボレイ、ソワカ
心眞言に日く   オン、ハラダ シャバリ、ウンハッタ
時に観自在菩薩、此の陀羅尼を説き已て佛に白して言さく、世尊若し善男子・善女人あって
此の陀羅尼一徧を誦すれば、即ち自身を護り、若し兩徧を誦すれば即ち伴侶を護り、若し三徧
を誦すれば即ち一家を護り、若し四徧を誦すれば一聚落を護り、若し五徧を誦すれば一國界を
護らん、
ーーーーー

密教の嗣法者・不空三蔵の訳です。

この不空三蔵は、空海阿闍梨の師匠である恵果阿闍梨のお師匠さんです。これは伝説ですが、

空海の前世は不空三蔵であったとも云われているのです。

「爾の時に婆伽梵」。婆伽梵(バキャボン・バカボン)とは、世尊。つまり仏様のことです。

婆という文字があるからと言って、お婆さんではない。サンスクリット語の音写です。

これは阿弥陀如来の教えという事ですね。西方極楽浄土、極楽世界でのやり取りです。
金剛手菩薩(ヴァジュラ・パーニ)が、観自在菩薩に申し上げた。観自在菩薩摩訶薩、
観音菩薩の摩訶薩だと。菩薩の中の大菩薩のこと。聖者観音菩薩は、如幻三昧に住して、
一切衆生の苦を除くんだと。如幻三昧というのは、「菩薩の十地」という段階があって
その「ハ地」以上の菩薩は、この三昧に住していると言われている。また、華厳などで
説く五十二位というものに当てはめてみると、五十三位は佛位でここに東海道五十三次
の所以があり、菩薩の十地の最上位第十地の法雲地は、五十位、五十一位あたりに当る
わけである。
「観世音菩薩授記経」では、如幻三昧に観世音菩薩は入るがゆえに、多くの身を現して
一切衆生を救うとある。この三昧は極楽世界で得られるものであり、観音菩薩が三十三
の化身をもって済度できるのはここに根拠がある。阿弥陀如来の二侍者は観音・勢至で
仏身としては、観音菩薩は「普光功徳山王如来」、勢至菩薩「善住功徳宝山如来」に
成ると授記されているのである。二尊とも如幻三昧に住し、観音菩薩はより優れている
とされている。

一切衆生の八難とは、❶地獄に生まれる❷餓鬼として生まれる❸畜生に生まれる
(❶〜❸は、三悪道で苦痛が激しいので仏陀の声が届かない)
❹長寿天(長寿で楽なので求道心が起こらない)
❺辺地(楽しみが多すぎ、欲望が渦まいている界)
❻無感覚(五感と意識に欠陥がある為、仏陀の教えの価値が解らない)
❼世智弁聡(世俗知に長けて仏陀の正理に従わない)
❽仏前仏後(仏陀がおられない末法の時代に生まれる)
「南無観世音」の称名は、この八難を避けることができる。仏教では「三途八難」
という。三途とは「三途の川」でいう。三悪趣(三悪道)のこと。

世間と出世間とは、俗の界と出家の無欲の界。その果報とは、世間の果報は欲界の
幸せ。健康、富貴、長寿など。出世間の果報とは、成仏の佛果である。その果報が
「南無観世音菩薩摩訶薩」とお唱えすることで得られると。そして様々な大功徳を
得ることができるとし(病気、魑魅魍魎、戦争、水火の難、呪詛など除き、護持結界
を為す)、これらの功徳を得れるようにしてくださいと、金剛手が観世音菩薩に述べ
ました。
そこで観音菩薩は、仏様の周りを右に巡ること三回して、合掌して仏陀の加持を請い、
わたしは葉衣観世音大菩薩のマントラ(真言陀羅尼)を知っております。様々な功徳ある
マントラを説くことをお許しください。
仏陀は、(観音菩薩よ)あなたの意にしたがって説いたらよろしいと言われた。

この金剛手菩薩というのは、ヴァジュラ・パーニというのですが、日本でいうと
執金剛と言い、あるいは金剛薩埵であるとも言われています。この執金剛は、
奈良東大寺の創建の大元の尊格で、有名な三月堂(法華堂)の秘密の本尊です。
良弁上人の御本尊であり、良弁上人は私たちがさかんに修行した、塩川大滝に
関わる仏様です。金剛手菩薩と出てきたら、これは密教の要素が入っていると
みてよいわけです。


ここに葉衣観音のマントラがあります。このマントラは、よく全ての衆生の、

災難、禍い、疫病、伝染病、飢饉の難、戦争、盗賊、干ばつ等、星や宿曜の禍い、

これらを除く。またよく福徳を増長する。
国やその境界も安全で、豊かに住む人々は安楽となる。その葉衣観音根本陀羅尼(マントラ)を
我れ(観自在菩薩)は説こうと思います。仏陀よ願わくば、これを説くこと聴くことをお許し
ください。仏陀は、善いかな善いかな、汝(観音菩薩)は意に(心に)したがってお説き
なさい。その時に観自在菩薩は、仏陀の威神力を承け、大咒のマントラを説いていわく、
ノウボウアラタンノウ タラヤヤ 、ノウボウ アミタバヤ  、

タタギャタヤ、アラカテイ、サンミャクサンボダヤ、

ノウボウ アリヤバロキテイ ジンバラヤ 、ボウジ サトバヤ、
マカサトバヤ、マカキャロニキャヤ…(中 略)…ソワカ』と。

その時、観自在菩薩は、このマントラを説きおわり、仏様に申し上げました。

もし善なる男子、善なる女人が、このマントラを一遍を誦すれば即ち自身を護り、

もし二遍を誦すれば即ち伴侶を護り、もし三遍を誦すれば即ち一家を護り、

もし四遍を誦すれば一聚落(村落)を護り、もし五遍を誦すれば一國界(国土)を護らん。



◎提唱!"葉衣観音結護"の運動にあたり


"葉衣観音結護"の運動を展開するにあたり、葉衣観音について記した経典を学ぶ必要が

あります。前著の【延命十句観音経の大功徳】の中で、『葉衣観自在菩薩経 講義』を

ものしましたが、今回新たに加筆・簡潔にして、諸賢の便ならしめることにしました。


最も大切なのは「葉衣観自在菩薩根本陀羅尼」です。大咒(長いマントラ)を念誦する事。

このマントラはおよそ一唱するのに1分間かかります。どんなに早くやっても40秒が

限界です。経典には「五遍を誦すれば一國界(国土)を護らん」と記されているのですから、

"遠隔 葉衣観音祈願会"でも、最低、五遍は念誦しなければならないでしょう。


近いうちに、祈願会の読経などの基本的な音声を収録し、CDなどにまとめますので、

その音聲に合わせれば、容易に暗唱できると思います。


では今日はここまで。皆さん、葉衣観音菩薩を念じましょう。


【葉衣十句観音経】

葉衣観世音  南無佛

与佛有因  与佛有縁

佛法僧縁  常楽我浄

朝念観世音  暮念観世音

念念従心起  念念不離心


オン ピサチ パルナジャバリー サルワ ゾラ プラシャマナイェー ソワーハー(リンポチェ伝)

おん はらな しゃばり うんはった(葉衣観音真言・八葉印)

おん だき うん じゃく(吒枳王真言・降三世印)

ーーーーーーーー


◎新型肺炎コロナに対応する対応の『観音功徳聚』

→   http://shizenfukuchi.jugem.jp/?day=20200410  (ここでご覧になれます)


※ 葉衣観音(葉衣仏母)のマントラ。延命十句観音経などの集成。


◉ 葉衣観音  オン ハラナ シャバリ ウン ハッタ (八葉印)

ーーーーーーーー

川島徳慈 記す

密教【葉衣観音菩薩の大功徳㉚】"葉衣観音結護"の運動について

  • 2020.07.27 Monday
  • 00:00

密教【葉衣観音菩薩の大功徳㉚】


"葉衣観音結護"の運動について



◎葉衣観音結護の法のこと


密教には結界・結護の法というのがある。

葉衣観音の功徳には、個人の護りだけでなく、配偶者家族の護り、家宅の結界、

村落の護り、国土の護法というものがある。


◉7月25日(土)の記事では、次のような主旨の提唱を記しました。

遠隔観音菩薩の祈りを基点に、新型コロナ第二波に対応するべく、
❶今後の継続的な「遠隔 観音祈願会」の実践・施行、
❷「葉衣観音結護法 運動」を行なうという事を申しました。

そして有志を募ること、祈りの法を同志で共有していることが大切であること。


◉昨日の祈願会のご報告記事では、次のように述べました。

「…今年5月のサカダワから「遠隔 観音祈願会」を施行しました。
(中 略)
…私は当初から、はじめの一波よりも、第二の波がより警戒しなければいけないと考えて
いました。気も緩み、忍耐が限界に来るからです。それに経済活動というものもあるから
です。政府の指導も、「経済活動」と「自粛」を打ち出すような、矛盾に満ちたものに
なるに違いない。そう考えていたのです。
(中 略)
…経済活動、コロナ感染、人心荒廃。これらに対応するのは、葉衣観音菩薩です。
見定めて、この時を待っていました。今からが正念場です。そのために守護観音なのです。
ここに、"葉衣観音結護"の運動を提唱したいと思います。」


葉衣観音菩薩、葉衣吒枳王(葉衣仏母)の功力の神髄は、

❶「結界・結護」   ❷「伝染・疫病からの護身」です。


薬師如来や薬王菩薩を、私も礼拝し、おまつりしていますが、これは主に治療・治病、延命

の御本尊ということです。

伝染病や疫病の感染拡大に対応するのは、葉衣観音菩薩が随一です。

伝染拡大の防御ということもですが、伝染病の縁起を良くするということが祈りの一番に要め

です。これを葉衣観音の結護というのです。



◎総論は聖観音、各論が葉衣観音である!


私は「総論は聖観音、各論が葉衣観音」ということを述べてきました。観音菩薩は三十三の

応身をもって衆生に救いを垂れます。仏菩薩でも、観音さまは衆生に一番近い存在です。

人事百般、なんでも祈りに応じてくださいます。


ですから聖観音を念ずれば良いわけですが、昔から「餅屋は餅屋」というでしょう。

法律のことは弁護士さんに相談し、身体についてはお医者さまの診察を受けます。

普請は工務店さんや大工さんに相談する。

伝染病・疫病、結護結界の守護エキスパートは、葉衣尊です。

葉衣観音菩薩、葉衣吒枳王(葉衣仏母)が伝染病結護の担当です。



◎提唱!"葉衣観音結護運動"


結護運動と申しましても、特に奇をてらったことはありません。

以下の項目です。


❶日々の念誦

❷定期的な遠隔観音祈願会の実施

❸葉衣観音祈念法の共有と研究

❹葉衣観音護符の貼付結護

(※葉衣護符は、貼付しやすいように工夫してあります)


葉衣護符を貼付して結護してゆく。特製の護符は貼付しやすいようにしてありますが、

できれば広範囲に100所ほど貼付していただければと思います。護符は葉衣観音の祈念法

で修法してありますが、納品後にご自分でやっていただいても結構です。

郵送費、護符代は実費でお願いします。詳細は、後日発表します。


結護運動参加を希望される方は、メールでご連絡ください。

kawashima.seitai@gmail.com


葉衣のダーキニーは霊夢において「葉衣の秘伝」を伝えてくれました。

葉衣変化(ようえへんげ)の秘密はすでに温存せり。では、葉衣観音菩薩を念じましょう。


【葉衣十句観音経】

葉衣観世音  南無佛

与佛有因  与佛有縁

佛法僧縁  常楽我浄

朝念観世音  暮念観世音

念念従心起  念念不離心


オン ピサチ パルナジャバリー サルワ ゾラ プラシャマナイェー ソワーハー(リンポチェ伝)

おん はらな しゃばり うんはった(葉衣観音真言・八葉印)

おん だき うん じゃく(吒枳王真言・降三世印)

ーーーーーーーー


◎新型肺炎コロナに対応する対応の『観音功徳聚』

→   http://shizenfukuchi.jugem.jp/?day=20200410  (ここでご覧になれます)


※ 葉衣観音(葉衣仏母)のマントラ。延命十句観音経などの集成。


◉ 葉衣観音  オン ハラナ シャバリ ウン ハッタ (八葉印)

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川島徳慈 記す

念力疎通【遠隔 葉衣観音祈願会】無魔成満の御報告!

  • 2020.07.26 Sunday
  • 01:45

念力疎通・感応道交


【遠隔 葉衣観音 祈願会】のご報告



◎早朝に霊夢を感得す!


本日の早朝に霊夢を見ました。

その夢は、私のクライアント(指圧治療)として、青木さんという女性が来るのです。

その人は実在の人物ですが、詳しいことは述べません。実際にフランス語 英語を

操る才媛で、フランスに留学もしていた人です。この人が出てきた。


この人の背中を指圧していると、まさに「病膏肓(やまいこうこう)に入る」の語の通り、

膏肓のあたりを押圧してくれというのです。其処には奇妙な塊がありました。

いわゆる粉瘤(ふんりゅう)のようなもので、脂肪の塊のようにも思うのです。

夢ですが、はっきり感触を憶えています。彼女が言うには、そこに憑霊の霊的な障害が

あるというのです。身体に入る邪気みたいなものでしょう。それを押圧すると奇妙にも

動くのです。


その後、密教の私の大嫌いな先生が出てきた。新しい専用の念珠を作ったというのです。

ですが、それは私が使っている念珠なのです。

そうか!今日は葉衣観音菩薩の遠隔祈願会だ、その法具として掌におさめよということか!

私がそう考えると、その人は申し訳なさそうに消えてゆきました。


夢から覚めて、朝の統合を行ないました。一種の霊感がわき起こりました。

❶青木さん=青い木。❷憑霊の加持(治療)。❸専用の念珠。

これは、葉衣観音菩薩の法の秘密を教えてくれたのです。

名前が、青い樹木ですよ。


青木さんは、智慧のダーキニーだったのです。ジャニャ・ダーキニーと言います。

(※チベットの教えでは、女性は全てダーキニーとします。ダーキニーをないがしろに

すると最高の悟りは得られません。)

祈願会の時に、専用の念珠を掌に入れて、智慧のダーキニーを念じるのです。

そのダーキニーを通じて、悪霊を祓う霊力のある、葉衣観音菩薩・葉衣吒枳王を念ずる。


今回の遠隔祈願会で、この方法を実際にやってみました。

非常に手応えがあった。葉衣観音菩薩の経典をみると確かに、類する法がある。

密教というのは、時空を越えて授かるようなものなのだと得心しました。


◎第五回 "遠隔 観音祈願会"は無魔成満す!


観音菩薩は慈悲の存在です。広く人類を助ける存在である。

自分のことだけでなく、他人のことも自分のように考えて、社会に住む人間として

協力してゆく、こういうことをのぞまれて顕現しているわけです。


ですが、それだけではない。人をして仏・菩薩たらしめる、仏の道を衆生にお説きになって

いる。そういう大慈悲の存在です。本当の救いは自らの仏性を開顕して、慈悲の存在に

なってゆくこと。


新型コロナを敵対して二元論的な見解に陥っているようでは、仏の道とはいえません。

恐怖は自分の心にある。敵愾心も自分の心にある。コロナを敵対しているのに、愛を

持とうとしても、自己矛盾におちいるだけです。


我々ができることは、念じること。観音菩薩を念じて、新型コロナにおいて縁起を良くする

それを祈ることです。新型コロナ発の、この状況を善き切っ掛けにするのです。

残念ながら新型コロナで命を落とした方には、衷心からご冥福をお祈りする、神仏との御縁を

お祈りするのです。

第五回の祈願会も、上記の心得をもって無魔成満いたしました。



◎"葉衣観音結護"の運動へ!


葉衣観音(葉衣仏母)の功能の第一は、人、家、村落、国土の「結界・結護」です。

疫病・伝染病からの護りというものもあります。非常に効験があるとされています。


今年5月のサカダワから「遠隔 観音祈願会」を施行しました。

それはダライ・ラマ法王の活動と、S県のほうの方からの「こういう時こそ…」という

連絡が切っ掛けでした。もちろん3月初旬には、遠隔構想は明確にありました。


私は当初から、はじめの一波よりも、第二の波がより警戒しなければいけないと考えて

いました。気も緩み、忍耐が限界に来るからです。それに経済活動というものもあるから

です。政府の指導も、「経済活動」と「自粛」を打ち出すような、矛盾に満ちたものに

なるに違いない。そう考えていたのです。


このことは日本の政府だけの問題ではなく、世界中が同じ傾向を持つことになる。

多少度合いが違うだけです。特効薬、ワクチンができなければ、なかなかおさまらない

ことも…。来年の東京オリンピックは、日本政府の嘆願で行われる公算が高い。

ですが、観客は数分の一。外国からの来日客は制限。選手も制限。ヘタをすると、

客なしの競技もあるかもしれない。マラソンは北海道で、お金の延長負担などは全部

日本持ち。これで日本はオリンピック不況に入ることでしょう。


私はこういう種々のことについて専門的な知識もない一市民です。

政治、経済、医学の最先端、薬学、免疫学等々、専門的な知識はなく、呆然と流れを見て

いるだけです。ですが、観音菩薩の救いのエネルギーがあることは、少しは心得ています。

多少の経験も積んでいる。


経済活動、コロナ感染、人心荒廃。これらに対応するのは、葉衣観音菩薩です。

見定めて、この時を待っていました。今からが正念場です。そのために守護観音なのです。

ここに、"葉衣観音結護"の運動を提唱したいと思います。



◎天候が見事に感応していました!


開始時に雷、雨が爽やかに降り、すぐに止んで、晴天になり、青い空が広がりました。

その状況が続き、葉衣吒枳王マントラの段では、風が強く吹き、雷すら鳴り、終わると

同時に甘露の如き雨が降りました。

(※はっきりと自然現象の不思議が顕現しました。)


聖観音菩薩、葉衣観音、葉衣吒枳王を強く念じ、今後の結護の成就を祈りました。

ご参加者のわかる範囲での祈念も行ないました。もちろん今までの縁故のあった御霊の

供養も行ないました。過去に御芳名を提出していただいた御霊は、すべて追善供養させて

いただきました。



◎精神感応力の開発訓練


祈りというものは、精神感応力の練磨に一番よいものです。

特に人の幸せを祈るというのは、空間によく通じます。

これは色でいうと、青色、緑色、白色が無難ですが、まあ赤色・黄色でも慈悲の祈りは

できるものです。


一度、ふつそくまの秘法の受法者だけ集まってもらって、二泊三日くらいの合宿を

やりたいですね。山の閑寂な所で、いろいろ基本から高度な法までお教えしたい。

精神感応の一つがテレパシーですが、密教的な修法をする者は精神感応を磨くことが

大切です。


遠隔で行なうっていうのは、とてもよい方法で、それをやらざるを得ないというところが

いいのです。必要があってやるほうが開花するのです。これはコロナの功です。


ということで、今までの状況と今後の抱負ということを述べてみました。

慎重に慎重に、でも恐れを心に持たず、元気にまいりましょう!


合掌


花角有仙竜徳   川島徳慈しるす

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